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13話:インペリアルにいる意味

 評価テストから数日が経った、ある日の実技演習。


 アレクに“再生魔法”の指摘をされたことなんて、ミラの中ではもう過去のことになっていた。

 だって、ミラにとっては特に変わらないこと。

 いつも通りだと思っていた。


 ――でも。

 その“変わらないはず”の毎日は、ほんの少しだけ形を変えはじめていた。


「やったー! 今日も勝ち!」


 融合魔法を使うのも、もう特別意識しなくていいくらいに自然になってきた。

 それにミラとピクルの連携は、他の生徒たちと比べても目に見えて抜きん出ている。

 学年全体の実技演習であっても、負けることなど、なくなっていた。


「ほんと、融合魔法も上手くなったよな……すげえよ」

 ピクルは感心したように呟く。


「えへへ。嬉しい!」


 ピクルに褒められて、思わず抱きつこうとしたその瞬間――

 ミラの目に、後ろの教官の姿が入る。


(あっ!ベタベタしたら退学だった……!)


 心臓がどきりと跳ねて、慌てて手を引っ込めた。

 代わりに、にこっと笑って誤魔化す。


「どうした?」

 ピクルが不思議そうに首をかしげる。


「な、なんでもないよ!」

 ミラは慌てて顔をそらした。


 その時、クラスの生徒から声がかかる。

「ミラちゃん、ほんとすごいのね!」


 クラスの子が声をかけてきて、

 気づけばミラのまわりには生徒たちが集まっていた。


「私も融合魔法のやり方教えてほしいわ」

「お昼一緒に食べましょう」


 クラスでは少し浮いた存在だったミラも、

 実技演習でその実力を見せたことで、

「できる魔法使い」として認識されるようになっていた。


 そして決定打になったのが、

 A組トップ――アレクに認められたことだった。


 その出来事を境に、ミラの周りの空気は、はっきりと変わっていた。

 ――ミラ自身が何かをした実感は、全くなかったのに。


 気づけば、クラスの中心へと引き寄せられていた。


(え……なんか……みんな、こんなに話しかけてくれるんだ)


 ミラは戸惑いながらも、笑顔を向ける。



 側で見守るピクルが嬉しそうに声をかける。


「すっかり人気者だな?」

 からかうようでいて、その声は素直に嬉しそうだった。


「そうかな……」


「ほんと、ミラも立派になったよなぁ」

 ピクルは、嬉しそうに笑う。


「俺が教えなくても、何でも一人で覚えられるし。

 もう俺がずっとそばで付いてなくても、大丈夫そうだな……」


 ピクルの言葉は、いつものように優しいのに――

 どこか遠く感じて、ミラの胸をチクリと刺した。


「え? それってどういう……」


 ミラがピクルに聞き返そうとした時――


「じゃあ、また明日な」

 ピクルは、そう言ってその場を去っていった。


(え……もう帰っちゃうの……?)


 驚いて何も言えないまま、ピクルの背を見送る。


 最近はいつもこうだ。


 授業では隣にいる。

 でも、授業が終わればすぐ解散。


(合同授業が始まれば、今までみたいにずっと一緒にいられると思ったのに……)


 本当は言葉じゃなくて、ぎゅっと抱きついて気持ちを伝えたかった。

 でも、ピクルに“退学になるぞ”と言われたあの日から、

 気をつけなきゃ、ってずっと我慢している。


 距離を取るように言われてから、言葉まで言いたいことが言えなくなった気がする。


(授業中は距離を取って、終わったらすぐ解散……

 こんなの、他の子たちと変わらない――ただの”魔法使い”と”使い魔”だよ)


 ――なのに


(ぴーちゃんは、何とも思ってなさそう。

 ううん……それより、嬉しそうに見える)


 自分だけ気にして、空回りしているような、そんな気持ちになっていた。



 ダイニングホール。

 ピクルはルシアンと向かい合って、昼食をとっていた。


 最近のミラの顔を思い浮かべる。

 授業での様子、新しい友達と話す姿、上達していく魔法。

 どれも楽しそうで、生き生きしていた。


(どんどん、世界が広がって。やっぱあいつすげーよ……)


 それが、ピクルの正直な実感だった。

 自分が隣に張りついていなくても、

 ミラはもう、ひとりで前に進める。


 自然と笑みを浮かべるピクルに対して、ルシアンが軽く声をかける。

「ピクルくん、寂しくないの?」

「え?」

「最近、ミラちゃんとあんまり一緒にいないからさ」

 ルシアンが、冗談めかした口調で訊く。


「別に」

 即答だった。


「むしろ、嬉しいくらいだ」


 その言葉に、ルシアンが意外そうな顔をする。


「せっかくミラの世界が広がってきたんだ。

 いいことでしかねーよ」


 そう言って笑うと、

 ルシアンは一瞬だけ、言葉を選ぶような間を置いた。


「……そうなのかな?」


 ルシアンの声から、からかいが消えていた。


 ピクルはルシアンから目を逸らすように、

 スプーンをいじりながら、視線を落とす。

 少し自嘲めいた笑顔で続けた。


「それに……

 俺しかいない世界で、俺がいいって言われてもな……」


 笑ってはいたが、その声はひどく軽かった。


 スプーンをいじる指が、ふと止まる。

 視線を落としたまま、ピクルは言葉を探す。


 インペリアルに入学するまで、

 ミラは山奥の村で、ほとんど自分と二人きりで暮らしてきた。

 他に頼れる家族もいない。


 そんな環境なら、

 自分に依存するのは当然に思えた。


 それが“選んだ結果”なのか、“他に選択肢がないだけ”なのか――

 ピクルには、ずっとわからなかった。


 答えを出すのが怖くて、

 その考えに触れないようにしてきた。


 それでも、胸の奥に溜まっていたものは消えず、

 小さな隙間から、こぼれ落ちる。


「……本当は、いろんなやつと関わって、

 それでも俺が一番だって、思ってもらいた……」


 言ってから、はっとする。

 声に出してしまっていたことに、今さら気づいた。


 顔を上げると、楽しそうに笑うルシアンと目が合う。


「へー、そうなんだ。意外とロマンチストなんだね」

 ルシアンはわざと軽口を叩く。


「うるせーよ」

 ピクルは顔を赤くして、そっぽを向いた。


 ルシアンはそんな彼を見て、小さく笑う。

「でも、大事に想ってるってことは、ちゃんと伝えたほうがいいよ」


「別に、そんな大袈裟な話じゃねーよ……」

「そうかな?」

「ミラにとっては、別に」


 ピクルは俯いてポツリと呟いた。


(俺がこんなこと考えてるなんて、想像もしてねーだろうし……

 そもそも、俺がどう思ってるかなんて、ミラは気にもしてねーよ)


 ピクルはそれ以上考えるのをやめ、スプーンを皿に置いた。

 金属の触れ合う音が、やけに大きく響いた気がした。



 放課後。

 ミラはリリアナとの待ち合わせのため、図書館にいた。


 少し奥まった人気のない書架。

 そこにいるはずのない組み合わせに、ミラは目を疑った。

 ――ピクルとアレクだった。


(なんであの人とぴーちゃんが!?)

 胸がギュッと締め付けられる。


 ミラは昼間のピクルの言葉を思い出す。

 ――もう俺がずっとそばで付いてなくても、大丈夫そうだな……


(私と全然一緒にいてくれないのに……

 まさか、あの人のところに行っちゃうつもりなの……!?)


 そんなことあるわけない。

 前みたいにいつも一緒だったら、疑いもしなかった。


(ぴーちゃんと、これからもずっと一緒にいられるって思ってたけど……)


 今のこの距離のままじゃ、本当に離れていってしまいそうな気がした。


 これ以上見てしまったら、何かが壊れてしまいそうで、

 ミラは怖くなって、すぐにその場から立ち去った。



 ミラは、自室に戻り、一人物思いに耽る。


(最近、ぴーちゃんと全然一緒にいられないな……)


 ――みんなからは”特別なペア”だって言われるけど。

(こんなの、ただの”魔法使い”と”使い魔”だよ)


(私、何のためにここにいるんだっけ……)


 落ちこぼれだった自分が、ここまで来られたのは――

 間違いなく、ピクルのおかげだった。


 魔法を教えてくれて、

 一緒に練習して、

 できることが増えるたび、嬉しそうに笑ってくれて。


 最初は、今まで出来なかったことが出来て、単純に嬉しかった。

 どんどん成長していくことが楽しくて、

 ただただ夢中で努力を重ねた。


 気付けば、上級魔法使いになっていて、

 インペリアルは、村の指導魔法使いに勧められるまま受験した。


 インペリアルに入学すること。

 それは、すべての魔法使いが憧れる場所で――

 両親が卒業した学校でもある。


 自分にとって、特別じゃないはずがなかった。


 インペリアルに入学して、強い魔法使いになる

 ――それが自分にとっても、一番素晴らしいこと

 ずっとそう信じていたのだ。


 ――でも


(これが本当に私のやりたかったことなのかな……)


 魔法が上達してからは、ちゃんと考える余裕もないまま、

 周囲の世界だけが勝手に広がっていった。


 元々、はっきりした夢や野望があったわけじゃない。

 地位や名誉に憧れていたわけでもない。


 胸を張って言える目標なんて、なかった。


 それでも――

 優れた魔法使いになって、

 もっと色々な魔法が使えるようになれば、

 行方不明の両親を見つける手がかりに、いつか辿り着けるかもしれない――


 そんな考えだけは、手放せずにここまで頑張ってきたけど。


 そんな夢みたいな話を、

 疑わずに信じ続けられるほど、今は子供じゃない。


 確かに日々は充実している。

 新しい世界も広がり、友達も増えてきた。


 それでも、心の奥底には違和感があった。

(ぴーちゃんと全然一緒にいられないんじゃ意味ない……)


 大事なものが、自分の手からすり抜けていく――

 そんな感覚が、胸を締めつけた。


(でも、こっちに来てからの方が、ぴーちゃんはすごく嬉しそう……)


 そして、ふと考える。


(インペリアルじゃなくて、村の近くの学校に行って、

 今まで通り村で二人で暮らしてたら……ずっと一緒にいられたのにな……)


 その思いが、胸の奥に澱となって沈んでいった。

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