12話:属性別評価テスト
今日は「属性別評価テスト」。
各属性における魔法の能力を数値化して測定する――いわば、魔法の“スポーツテスト”だ。
生徒たちは魔法演習場にずらりと並び、
火・水・風・土・雷の攻撃魔法、
そして防御・治癒魔法と順に発動していく。
このテストの目的は、単なる“得意属性”の確認ではない。
魔力量、制御力、安定度、応用適性――それらを総合的に評価するのだ。
能力の測定には魔導石が使われる。
魔導石は「炎の温度」「風圧」「光度」「安定時間」「魔力純度」などを自動判定し、
教官が記録符をかざすと淡く光を放ち、内部の色がじわりと変化する。
光が静まると、石の表面に模様が浮かび上がった。
教官はそれを真剣な眼差しで見つめ、小さく印をつける。
生徒たちには、ただの色の濃淡や模様の違いにしか見えない。
だが――熟練の教官は、その微妙な変化から魔力の流れ方や制御の質までも読み取るのだ。
◇
リリアナとルシアンは、あの試合以来、ぎこちなさも薄れ、
“友達”と呼べる関係になりつつあった。
「こ、これでいいのかしら……?」
「はい! 完璧です、リリアナ様! 本当に素晴らしいです!」
攻撃魔法が不得意なリリアナにとって、
この評価テストは正直、試練そのものだ。
それでもルシアンは、発動が少しでも成功すれば満面の笑みを浮かべ、
「すごいです!」「見事です!」と惜しみない称賛を送る。
「これのどこが“普通”なんだよ。相変わらず激甘じゃねーか……」
ピクルが呆れたようにぼやいた。
その隣でミラはにこにこと笑い、リリアナとルシアンを見守る。
「だね。でも、よかったよね。二人、仲良くなれて」
◇
そして、ミラの番がやってくる。
「テストなんだから、本気でやった方がいいよね!」
いつも「加減しろ」とピクルに言われていたが、今日は思いっきりやってみることに。
火・水・風・地・雷……順番にやっていく。
ミラの魔法が放たれた後の演習場は焼け野原と化していた。
「だから災害なんだって……」
ピクルが後ろから呆れて突っ込む。
ミラの評価はいずれも高評価。
スコア合計値はD組トップ。
だが、教官は首を傾げる。
「君、どれも似たような評価だね? 系統は何なの?」
「系統って何ですか?」
きょとんとするミラに対し、教官は絶句したのち、
「後で誰かに教えてもらいなさい……では、次の生徒来なさい」
軽く流されて終わった。
(なんか雑にあしらわれた!)
◇
ミラはふと見慣れない顔が多いことに気づく。
「知らない人がいっぱいいる……」
「今日は全クラス集まってるからな」
インペリアルの1年生はA〜D組に分かれている。
普段はクラスごとに授業を受けているが、今日は「属性別評価テスト」のため全クラスが一同に集まっていた。
「しかし、さすがA組の奴ら、なんかすごそうだな……」
ピクルがポツリとつぶやく。
「なんか関係あるの?」
ミラの無知さに呆れつつも、ピクルは説明する。
「魔法の成績順だってよ。だからA組はインペリアルの中でもトップ。
トップオブトップの奴らが集まってんだよ」
「そうなんだ……」
確かに、彼らが放つ魔法は、
以前一緒に授業を受けたC組の生徒たちよりも、威力も精度も一段上に見えた。
でも――ミラは首を傾げる。
「そこまでなのかなぁ? 火魔法ならぴーちゃんの方がもっとすごいよね!」
ミラの言葉に場が、凍りつく。
声が大きかったため、A組の生徒たちにも聞こえてしまったようだ。
A組の生徒達からの鋭い視線が突き刺さり、気まずい沈黙が広がる。
「バカ! 変に目立つなって言ってんだろ! 煽んなよ!」
空気の重さに慌てるピクル。
だがミラは、さらに大きな声で続ける。
「煽ってないよ。ほんとのこと言っただけだもん」
視線が一斉に集まり、空気がじわりと重くなっていく。
ピクルは胃の奥がきりきりと痛むのを感じた。
(くっそ、ミラのせいでめちゃくちゃ気まずいぞ……)
だがミラは、そんな空気など存在しないかのように、
一歩ピクルに近づき、さも当然のように言う。
「やっぱり、ぴーちゃんが一番かっこいいよ」
まっすぐな視線を向けられ、ピクルは一瞬、言葉を失った。
「ミ、ミラ……」
心臓が跳ね、頬が赤くなる。
――完全にピクルの負け。
気付けば丸め込まれていた。
そんな二人のやりとりを、周囲は何とも言えない表情で眺めていたが――
その微妙な空気が、ふっと一瞬だけ途切れた。
輪の外から、一人の生徒が興味深そうに歩み寄ってくる。
「ふーん。お前、そんなにすごいのか?」
声をかけてきたのは――アレク。
アレクサンダー・ヴァレンタイン。
A組の中でもさらにトップ。
学年主席の魔法使いだ。
ピクルの表情が、わずかに強張る。
「いや……」
言いかけて、ピクルは言葉を止めた。
どう返すのが正解なのか、測りかねている。
「まあ、実際に見ればわかるよな」
アレクはそれだけ言い残し、興味を失ったように踵を返した。
ピクルの番になる。
「ぴーちゃん、いつも手加減してるから! みんなに伝わってないみたいだよ!
たまには本気でやったらいいのに!」
ミラがまた、空気を読まずに大声で話しかける。
(だめだ……俺じゃ、こいつをコントロールできねぇ……)
ピクルは周囲を見渡す。
さっきの何とも言えない雰囲気は、一瞬で消えた。
演習場に、張りつめた緊張が走る。
無数の視線が、一斉にピクルへと集まる。
逃げ場は、もうどこにもなかった。
(本気でやるしかねぇか……)
教官が、短く開始を告げる。
ピクルは小さく息を吐き、
まるで拍子を取るように、軽く手を振った。
――次の瞬間。
演習場に、爆ぜるような熱が走る。
一気に炎が噴き上がり、視界が赤く染まった。
演習場一面が炎の海となり、その熱波は観覧席まで押し寄せる。
訓練用の魔力防壁がぱちぱちと火花を散らし、限界を告げるように唸りを上げた。
その規模は生徒たちが想像していた火魔法の範囲を遥かに超えていた。
離れた場所にいても熱気が肌を刺し、息を吸うだけで肺が焼ける。
確かにミラのいうとおり、その力は圧倒的だった。
生徒たちは、身じろぎすらできない圧を感じ、誰一人言葉を発せずにいた。
沈黙が、その場を支配していた。
その静寂をミラの声が破った。
「ぴーちゃん! かっこいー!」
生徒たちを横切り、ミラが勢いよく駆け寄ってくる。
抱きつこうとした瞬間――ピクルは慌てて、その肩を押さえて制止した。
「ちょっ、”約束”したろ? 授業中はベタベタすんなって」
「あ、そうだった! ”ベタベタしたら退学”!」
ミラはぴたりと動きを止めた。
そんな二人の背後から、芝居かかった声が割り込んだ。
「お前、やるじゃないか。気に入ったぞ」
いつの間にか、すぐ背後に立っていた。
ピクルの肩に手を置き、耳元でそっと囁く。
「お前、俺の使い魔になれ……」
「はーー!?」
「えーー!!」
ピクルとミラは同時に叫ぶ。
「何か言い方が気持ちわりーんだよ!」
ピクルは咄嗟にアレクの手を振り払い、顔を引き攣らせる。
「だめ! ぴーちゃんは私のだよ! 取らないで!」
ミラはピクルの腕にピタッとくっつき、自分の方に引き寄せる。
「それに、もう使い魔いっぱいいるのに!」
ふと見るとアレクの後ろには、数人の使い魔が並んで立っていた。
「一人に一体じゃねーのかよ?」
「俺は特別なんだよ。選ばれし者には、特権が与えられるものだ。
ヴァレンタイン家の名を背負ってる以上、当然の配慮ってやつだな」
学年主席の成績に、申し分ない家柄。
特別扱いも当然だと、隠す気すらないらしい。
「相変わらずこの学校、金持ちにゆるいな……」
ピクルは呆れて呟いた。
「お前みたいなしょぼい魔法使いには、勿体無い。俺が貰ってやる」
「だめ!」
「よこせ!」
ミラとアレクが言い合いを始め、場の空気は一気に騒がしくなった。
その中心で、ピクルだけがぽつんと取り残される。
(こいつら人のことで、勝手に揉めてんな……)
ピクルは、二人の言い合いを呆れつつ見つめる。
(そんなことより……)
目の前の光景に、ピクルは心底うんざりした。
「……またやりすぎたな」
元々ミラの魔法ですでに焼け野原と化していた演習場だったが、
ピクルのダメ押しによって、完全に手遅れになっていた。
焦げた匂いが鼻をつき、地面は黒く焼けてひび割れている。
「大丈夫、直すよ!」
ミラはにっこり笑って、しゃがみ込む。
「こんなのほっとけよ。補修班でも呼べば。それより……」
アレクが話を続けようとしたがーー
「ちょっと待って。すぐ終わるから」
そう言ってミラは、両手を地面にそっと置いた。
指先から、淡い光がじわりと広がっていく。
焦げた地面が、少しずつ柔らかさを取り戻し、茶色い土の色へと変わっていった。
光が走るたびに、草の芽が顔を出す。
「お、おい……」
アレクは思わず声を漏らす。
「焦がしたままじゃ悪いでしょ? 元に戻してるだけだよ」
ミラはケロリと笑う。
「“戻してるだけ”って……お前、これ、毎回やってるのか?」
「うん。あんまり壊すと、マナ・スコア減点されるって聞くし」
ミラが立ち上がる頃には、さっきまで焼け野原だった地面が、まるで春の草原のように蘇っていた。
アレクがあまりにも驚いているので、ピクルは笑って言う。
「ミラは、加工魔法も得意なんだよ。昔からよく使ってたから」
アレクがその光景をじっと見つめる。
「……これ、加工魔法じゃないだろ?」
アレクはピクルの方に向き直し、はっきりと口にする。
「”再生魔法”だ」
「え?」
「”加工魔法”だけでは、こうはならない。
元あるものをいじるだけの魔法で、ここまで戻るはずがない」
「確かにそうだ……」
これまでは、吹き飛んで割れた土を元に戻す程度だった。
だが、焼け焦げた土地をここまで復元したのは、今回が初めてだ。
あの火魔法の威力は、表面の土どころか、
地の奥深くまで焼き尽くしていたはずなのに――。
「再生魔法……」
確かにピクルも再生系の魔法が使える。
だが、それは主に自分の身体を癒し、組織を再生させるためのものだ。
無理をすれば他人にも使えるが、
ミラほどの規模で、それを自然そのものに対して使えるという例は聞いたことがなかった。
昔から花を咲かせる魔法だけはうまく使えていた。
思えばそれもその片鱗だったのかもしれない。
考えに耽っていたピクルの肩を、アレクがポンと叩いた。
「ふーん、面白いな。お前たち」
そう言い残し、アレクはその場をスタスタと離れていく。
「いいもの見せてもらったぜ」
背中越しに手をひらりと振り、どこか満足げに去っていった。
アレクが去ると、その場に静寂が落ちた。
芝居がかった余韻だけが、微妙な空気として残る。
「もー! 何なのあの人!? なんであんなカッコつけてるの!?」
ミラは頬をぷくっと膨らませた。
「ね? そう思うよね?」
珍しくイライラしながら、ピクルにも同意を求める。
だが、ピクルの反応は違っていた。
「でも、あいつすげーよ……」
ピクルは真剣な表情で、ぽつりと言った。
「一目見て、ミラの魔法が“普通じゃない”って気づいた」
ピクルの口調に反して、ミラは何てことないように答える。
「でも、あれが”再生魔法”だってわかっても、何も変わらないよね?」
「え?」
「授業では使わないし。演習場が壊れた時にちょっと直すくらいだもん」
ミラは肩をすくめ、あっけらかんと言う。
「そう、だな……」
ピクルは答えながらも、どこか釈然としない表情を浮かべる。
ミラはきょとんと彼を見上げたが、ピクルの視線は宙の一点で止まっていた。
◇
一連の修復の様子を観察してたのはアレクだけではなかった。
――先ほどミラを評価した教官とバーン
二人もまた、遠くからミラの魔法の動きを見ていた。
ひそひそと話しながら、ミラの背中を見つめていた。
「……見たか。今の反応」
教官が小声でつぶやく。
「ああ。あれは……やっぱり“再生系”だな」
バーンは腕を組み、少しだけ目を細めた。
「数値が全属性平均以上なのに特性が出ないと思っていたが……
なるほど、そういうことか
正式に授業には出せん系統だが……どうする?」
「まあ、内々に試してみるか」
バーンはニヤリと笑って答える。
「……面白くなってきた」




