11話:リリアナとルシアンー②
翌日の実技演習。
演習場には、D組とC組の生徒たちがずらりと並び、いつもより張りつめた空気が漂っていた。
今日は、〈マナ・スコア〉に基づいた合同実戦試合。
対戦カードはスコア順で組まれ、各ペアの順位も公開される。
魔法使いと使い魔――各ペアの実力が、否応なく並べられることになる。
生徒たちが緊張の面持ちで準備を整える中――
その列の端で、リリアナとルシアンだけが、どこかぎこちない空気をまとっていた。
昨日の出来事が尾を引き、二人の間にはいつも以上に微妙な距離が生まれていた。
(今日こそは、ちゃんとしないと……)
今日の試合は、より厳しい状況が予想された。
リリアナは思い切ってルシアンに声をかけた。
「あ、あのルシアン……」
――だが
「リリアナ様は、何もされなくて大丈夫です。
いつも通り結界の中にいてください」
ルシアンは穏やかに告げると、そっと距離を取ってしまう。
結局リリアナは、今日もまた――ただ黙って立ち尽くすしかできなかった。
教官が順番表を掲げる。
入学試験と座学の成績を反映した、マナ・スコア順の対戦カードだ。
順番表を見て、ミラが声を上げた。
「7番だって!」
クラス十五人中、ちょうど真ん中くらいの成績だ。
「ぴーちゃん、テストの成績悪かったもんね」
「うるせー」
ピクルがむくれ、ミラは楽しそうに笑う。
その視線が順番表の上へと滑った
「わー! すごい! リリちゃん、1番だ!」
「べ、勉強は得意だから……」
リリアナは照れくさそうに言う。
リリアナのマナ・スコアはD組トップだった。
その光景を隣で見ていたのは、C組の首席・ ゼイン・ハルト。
ゼインは、リリアナを一瞥する。
「へえ……“王立館”のお嬢様が、俺と同じトップスコアだと?
ただ突っ立ってるだけのクセに、数字だけは一流ってわけか」
冷たい眼差し。
見下すような、棘のある笑み。
「スコアは寄付金ででも買ったのか?……反吐が出る」
演習場に低い笑いが走る。
奥で何もせず、ただ立っているだけのリリアナ。
それなのに、贅沢な寮、特別待遇、上位ランク。
そのすべてが、彼には我慢ならなかった。
リリアナは唇を噛み、俯いたまま何も言えなかった。
――試合開始。
「無能なくせに、贔屓されやがって……!」
怒りのまま、ゼインが攻撃魔法を放つ。
炎と風が飛び交い、さらに後方から使い魔の援護が重なる。
多方向からの攻撃に、ルシアンは防御に追われていた。
苦戦するルシアンを、リリアナは後方の結界内でハラハラと見守る。
(大丈夫かしら、ルシアン……私も何かした方が……
でも……何もしなくていいって言われてるし……)
勝手な行動は、きっとルシアンの邪魔になる。
そう思うと、足がすくんで動けなかった。
――と、その瞬間。
審査台の教官が急に立ち上がった。
「他組で負傷者が出た! 一時中断だ!」
複数の教官が慌ただしく走り去る。
演習場に残ったのは補助教官ひとりだけ――。
ルシアンが一瞬、警戒を解いたその隙だった。
「少しくらい痛い目みろよ、お嬢様」
ゼインが手をひらりと掲げる。
鋭い光の刃が一直線にリリアナへ向かって飛んだ。
「――危ない!」
ルシアンは咄嗟に前に飛び出す。
魔力を集中させ、攻撃を跳ね返そうとした。
しかし、ゼインの魔力は極めて強力で、完全には防ぎきれない。
肩口に鋭い衝撃が走る。衣服の生地が裂け、皮膚に痛みが走った。
「ルシアン!」
リリアナはすぐに駆け寄る。
「信じられないわ! 相手を傷つける行為は禁止されてるのに!
教官が見てない隙を狙って……卑怯よ!」
相手に怪我を負わせた場合、マナ・スコアは減点――
それが最初にバーンが告げた規則だった。
「そいつが急に前に飛び出してくるからだろ? 単なる事故だ」
ゼインは冷たく笑う。
リリアナはは怒りに震えながらも、息を整え、顔を上げる。
「許せない……!」
手をかざし、防御魔法を繰り出す。
瞬間、光の紋様が地に走り、白金の結界が静かに立ち上がった。
「さっさと破ってやるよ、こんな結界」
ゼインは、攻撃を仕掛ける。
だが、放たれた炎が音もなく吸い込まれた。
一瞬、世界が静止したように見えた。
炎は結界の内側でうねり、次第にその輝きを失っていった。
光の膜に吸い込まれるように、炎は静かに霧散する。
だが一旦消え失せたと思われた炎は、
次の瞬間――
新たに生まれ変わったように、勢いよくそこから飛び出した。
炎はゼインの横をすり抜け、焼けるような熱が頬を掠める。
「っ……なんだこれ……」
ゼインは驚きで身動きひとつできないでいた。
リリアナは結界内から、ゼインを睨みつける。
「私はあなたみたいに卑怯じゃないから。
ちゃんと外してあげたわ」
その圧倒的な力に、周囲がどよめいた。
何もできないお嬢様――そう思われていたリリアナの姿は、もうそこにはなかった。
リリアナはルシアンに向き直す。
「大丈夫。すぐに治すわ」
リリアナは迷いなく両手を差し出し、治癒魔法を発動させる。
やわらかな光がルシアンを包み、裂かれた衣と肌がみるみる再生していく。
その光景に、ルシアンは一瞬、息を呑んだ。
「リリアナ様は、やっぱりすごい方ですね……」
ルシアンは静かに感嘆の声を漏らす。
リリアナはその言葉に微笑み、そしてまっすぐに言った。
「”魔力共有”、やりましょう……」
そう言って、彼の手を握った。
「え?」
「私が魔力を送るから、あなたは風魔法で相手を攻撃して」
「でも、この結界は……?」
「もう大丈夫よ。あなたがいるから」
ルシアンは一瞬、言葉を失った。
だが次の瞬間、真剣な目で、力強く頷いた。
「……わかりました」
リリアナが指先を上げると、結界は音もなく消える。
――結界が消えた瞬間、ルシアンの瞳が鋭く揺れる。
守るための壁を、自ら解いたのだ――その決意を、彼は感じ取った。
バーンの言葉を思い出す。
――大事なのは、信頼関係だ。
――魔力を預けるとは、つまり相手に“命を預ける”のと同じことだ。
――その覚悟がなければ、どれだけ理論を詰めても失敗する」
(リリアナ様は、僕に”命を預けてくれた”ということだ……)
リリアナは、震える手で必死に魔力をルシアンへと送り込む。
淡い金色の光となった魔力がルシアンへと流れ込み、空気が微かに震える。
ふたつの力が触れ合い、静かに重なり、溶け合っていく。
ルシアンが手をかざす。
瞬間、風が爆ぜる。
金色の光をまとった風は渦を巻く。
ルシアンとリリアナ、ふたりの魔力が重なり合い、
攻める力と守る力がひとつの形をなした。
風は二人の周囲を巡り、踏み込ませぬ壁のように立ち上がった。
「させるか!」
ゼインも負けじと火魔法で応戦する。
同時に、後方に控えていた使い魔も魔法を重ね、ゼインを援護する。
だがゼインの放った炎が触れた瞬間――
風はそれを包み込み、熱を削ぎ、きらめく羽のように散らして弾き返す。
それでも風の勢いはそこで終わらなかった。
本来の攻撃力を失うことなく、そのまま前へと押し出され――
次の瞬間、ゼインたちは後方へと吹き飛ばされていた。
「……これが、魔力共有……」
ルシアンが、息を呑むように呟いた。
誰もが言葉を失い、その光景を見つめていた。
ルシアンが軽く片手を振ると、風の威力は弱まり、相手のワッペンだけを空へとさらった。
光の流れに導かれるように、それはリリアナの掌にひらりと落ちる。
「……勝ちましたね」
ルシアンは、それまでの硬さを少しだけ緩め、優しく微笑んだ。
「そ、そうね……」
リリアナも笑みを返す。
その笑顔はまだぎこちないけれど、確かに通じ合っていた。
二人の手のひらに残った光は、ただの魔力ではなかった。
それは――信頼という名の温もりだった。
風が収まり、静寂が戻る。
――その時。
「リリちゃん、すごい!」
ミラの軽やかな声が響いた。
ミラとピクルが駆け寄ってきて、二人ははっと現実に引き戻される。
ピクルはふと二人の手元を見て言った。
「リリアナ、別に触らなくても、”魔力共有”できるぞ。
ミラが勝手にやってるだけだから」
「えっ!? そうなの……!? ミラちゃんがそうしてるから、てっきり……」
顔がみるみる赤くなり、慌てて手を離した。
指先に残る温もりに気づき、心臓が跳ねる。
「でも、触った方がやりやすいよ」
ミラはにこにこと笑ってる。
「し、知らなかったのよ! ほんとに! ごめんなさい!」
「大丈夫ですよ。むしろ……少し、嬉しかったです」
ルシアンは穏やかに微笑み、続けた。
「信頼してもらえた気がして」
「そ、そんな……」
リリアナは恥ずかしそうに俯いた。
けれど、その頬には小さな笑みが浮かんでいる。
少しの沈黙。
風の余韻が静かに流れる。
リリアナは勇気を振り絞って、ルシアンに向き直った。
「今までちゃんと向き合えなくて、ごめんなさい……ルシアンは全く悪くないのに」
「え?」
「私、男性と接することって今までなかったから、どうしていいか分からなくて……」
「そうだったんですか……」
リリアナの言葉に、ルシアンは小さく息を呑み、肩の力が一瞬だけ抜けた。
リリアナは目を逸らさず、じっとルシアンを見つめる。
「私も本当は……あなたと、もっと仲良くなりたいと思ってる……」
その言葉に、ルシアンの瞳が一瞬揺れた。
驚きと困惑の色が混じり、次第にぎこちなくも柔らかな微笑みが浮かぶ。
その微笑みから、リリアナは彼の安堵を感じ取った。
(よかった……ルシアンを安心させられて……)
胸の奥がじんと温かくなる。
「だから、私のことも、もっと頼ってほしいの。
攻撃魔法は苦手だけど、防御や治癒魔法だったら力になれるわ」
「それは、もちろん理解しています。リリアナ様のお手を煩わせたくなくて……」
リリアナはぎゅっと手を握りしめ、決意を込めて言葉を続ける。
「私は、あなたが思ってるほど、素晴らしい人間じゃないわ……」
「そんなこと……」
「だから、もっと普通に接してほしいの。特別扱いじゃなくて」
ルシアンは驚いたように目を瞬かせる。
「普通に接する……?」
「あなたともっと話したり、一緒に笑ったり……そんな関係になりたくて……」
リリアナは声を震わせながら続ける。
「あ、あの……私、本当は……あなたと……」
言いかけたところで、ふと、周りの気配に気づいた。
たくさんのクラスメイトが立ち止まり、二人のやり取りを見守っている。
その中で、ミラがわくわくした表情で次の言葉を待っていた。
(ちょっ……なんで今に限ってこんなに人が見てるの!?)
顔が一気に真っ赤になり、頭が真っ白になる。
胸の奥で弾けた言葉を、慌てて別の言葉に塗り替える。
「と、とも、友達になりたかったのっ!!」
「……友達?」
ルシアンはきょとんとした表情を浮かべる。
けれど、次の瞬間、ふっと笑みを漏らした。
「はい。僕でよければ、喜んで」
その笑顔を見た瞬間、リリアナの胸の奥で、また何かが静かに灯った。
◇
救護や教官たちが戻り、試合再開のアナウンスが流れる。
周囲の生徒たちもそれぞれの持ち場へ戻っていった。
ピクルはミラに声をかける。
「リリアナって、すげーんだな……
恋愛のことしか頭にない、ちょっと変わったお嬢様だと思ってたわ」
「それも間違ってないけどね!」
ミラはにっこり笑い返し、ピクルも苦笑いで応じる。
「でも、本当に、リリちゃん、すごいよ……!」
自分の友人がこんなにすごい魔法使いだったなんて。
ミラは、村にいた時には経験したことがない高揚感に包まれていた。
ミラはじっとリリアナとルシアンの姿を見つめる。
ルシアンと力を合わせ、攻撃そのものを防御に変えて跳ね返した――
(”魔力共有”って、ただ魔力を増やすだけじゃないんだ……!)
心臓が高鳴る。
“魔力共有”は、ただ魔力の”量”を増やすだけじゃない。
送る側の魔力の”性質”――色合いみたいなものまで混ざって、
魔法の形そのものを変えてしまうのだ。
(自分の特性を理解して、うまく使いこなすって、こういう使い方なのかも……!)
――でも。
ふと、別の疑問が浮かんだ。
(私がぴーちゃんと使った時、
何か変わったって感じ、あんまりなかったな……?)
確かに、魔力が混ざった感覚はあった。
それなのに――
(なんでだろ?)




