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勇者の消えた世界で  作者: 紫京アイラ


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第三十話 ガルド

 俺の親父は街の衛兵隊の隊長、周りからは鬼と呼ばれる男だ。

 

 鬼神のような戦いぶりと、部下を叱りつける雷のような怒号から、そう呼ばれていると聞いた。

 昔から腕っぷしが強く、歳を重ねた今でも戦いで負ける姿を見たことはない。

 

 そんな親父を尊敬していた。

 俺も親父の真似をしながら自然と力を鍛えるようになり、親父もそれを望んでいると思っていた。

 そんな親父の下で鍛え上げられた俺は、見違えるほど力を付けていった。

 

 十の歳を超えた時には、既に同年代に敵はいなかった。

 十五を過ぎた頃には、並の大人もひれ伏し、俺はそんな自分を誇らしく思っていた。

 

「力の使い方を間違えるなよ。力あるものの使命を忘れるな」

 

 親父の口癖だ。

 力なき者を護り、助けることが力を持つ者がなすべきことだと——

 耳にタコができるほど何度も聞かされた。

 

 使命だなんだってのは全然理解できなかったが、いつだったか親父が口にした「妹を守ってやれ」って言葉だけは、俺の無い頭でも理解できた。

 

 妹は生まれつき身体が弱く、俺たちと同じように走り回ったりすることは叶わない。

 兄としてそんな妹を守る。

 親父に言われるまでもねぇ。

 

 やがて俺は、当たり前のように親父の指揮する衛兵隊に入隊した。

 力を他者を守るために使う。

 衛兵隊で働けば自然と“使命”とやらを理解できると信じていた。

 

 模擬戦で勝ちを増やすたび、周りから力を褒められる。

 さすが隊長の息子だと。

 その度、俺の頭には嬉しさ半分——

 今の俺はあの親父ありきの存在なんだと、悔しさが残った。

 表面では笑って見せていたが、いつの日か親父を超えてみせる。

 そんなことを考えていた。

 

 そして待ちに待った実践。

 数人の仲間と共に、街の外に現れた小規模な魔物の群れの討伐。

 これはいつもの模擬戦のような“遊び”じゃねぇ。

 正真正銘の命の取り合い。

 びびってなかったかと言うと嘘になっちまうが、それよりも自分の力を周りに証明するチャンスだと、そう思う気持ちのほうが強かった。

 

 戦闘開始の号令が鳴った。

 誰よりも先に前へ飛び出す。

 

 目の前には、二足で歩き、人と同様に道具を使うこともできる魔物。

 体の大きさや知能の程度によって呼び方は変わるらしいが、まぁなんだっていい。

 そいつが武器を振りかざす前に、叩きつけるように剣を薙ぐ。

 刃が魔物の肉に触れる。

 ぐにゃっと反発する感触を、押し返すように力任せに剣を振り抜いた。

 激しい飛沫と共に、魔物の首が一つ宙に飛んだ。

 

 その飛沫を開戦の合図にするかのように、周りの奴らが俺に飛びかかってくる。

 振りかざした剣を咄嗟に持ち替え、再度逆方向へ薙ぎ払う。

 飛びかかる一匹の胴を真っ二つに裂き、剣の腹でもう一匹の攻撃を弾く。

 

 咄嗟の判断にしては我ながら反応できたほうだと思うが——

 背後にはもう一匹、別の気配がする。

 応戦するには早さが足りねぇ。

 

 振り向きざまに左腕で攻撃を受ける。

 防具を付けているとはいえ、飛びかかりの勢いに任せた一撃の重さが足の裏に響く。

 チクリとした痛みが左腕に走り、思わず顔を歪めた。

 にやっと笑う魔物の顔が視界に入り、脳裏には切断された自らの腕の姿が浮かんだ。

「お前なんかに、持っていかれてたまるかよ!」

 剣を離した右手で、魔物の腹を力の限り殴りつけた。

 

 勢いよく吹き飛んだ魔物はそのまま瓦礫にぶつかり、口から塊のような血を吐いて動きを止めた。

 急ぎ剣を拾い上げ、後方で体制を崩したままの魔物に剣を突き立てる。

 もう近くには気配はねぇ。

 左腕の傷の痛みが鼓動と重なり激しく主張する。

 しかしそれが痛いほどに“生”を感じさせた。

 

 後ろを振り向くと、唖然とした表情で立ちすくむ仲間の姿があった。

 仲間たちは俺の左腕から滴る血に気づくと、バタバタと止血だのなんだの慌てふためいていた。

 俺の周りを忙しなく動く仲間と、傷ついた自分の姿を見て俺は気付いた。

 

 俺が前に出れば、後ろの仲間は傷つかねぇ。

 俺が誰よりも強ければ、仲間を守れる。

 力なき者を守る為の力とはこういうものなんだと。

 圧倒的な力の前に守れないものはない。

 俺には、それが“正しい答え”にしか思えなかった。

 

 それ以降、俺はいつも以上に訓練に明け暮れた。

 そして実践では誰より早く、誰よりも前に。

 敵が仲間の方へ行くより早く、激しく暴れるように切り刻み、注意を引いた。

 時々、傷を負うこともあるが、大勢を守るためと思えば、僅かな犠牲に思えた。

 

 そうして戦果を上げるほど、皆を守れる。

 皆喜んでくれると思っていた。

 けれど、何故か皆が俺に向けるのは笑顔ではなかった。

 それは、“分からねぇ何か”を見つめるような——遠い眼差しだった。

 最初は大声で笑い、褒めてくれていた親父でさえも、今ではこちらも見ず「あぁ」と一言呟くだけだった。

 

 けれど、妹のミリアだけはいつも変わらず笑顔で俺を見てくれていた。

 傷を負ったときは心配してくれたし、戦果を上げた際には手を叩いて大袈裟に褒めてくれた。

 俺にとっては、もうそれだけで良かった。

 

 そんなミリアの具合が悪くなったのは、そのすぐ後だった。

 思うように身体が動かなくなり、一日のほとんどを寝て過ごすようになった。

 食事も喉を通らず、みるみるうちに痩せていった。

 

 看病をしようにも衛兵隊の仕事で動けない日々が続く。

 戦闘が長引けば俺はもちろん親父も、またそれを支える母もミリアの側を離れる時間が長くなった。

 

 ——俺が、妹を守らなければ。

 

 俺は衛兵隊を抜け、より自由が効く傭兵へと転身することに決めた。

 衛兵隊を辞めると皆に伝えたとき、俺を引き止める奴は誰もいなかった。

 

 傭兵業は衛兵隊と比べると安定はしねぇが、一発でかい仕事を引き受ければしばらくミリアの傍にいてやれる。

 危険な仕事であればあるほど見返りも大きい。

 医者に掛かる金や薬にかかる金も必要だな……

 

 深い眠りにつくミリアの頭を優しく撫で、胸の奥に熱い炎を宿した。

 

 しかし、どれだけ費やしても、ミリアの具合は良くなるどころか、悪化していくばかりだった。

 金をかけて遠方の医者を呼びつけても、希少な薬を用いても——

 

 どうすればミリアを助けられる?

 何が足りねぇ?

 

 呼吸の浅いミリアを目の前に、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱れる。

 それでも俺にできるのは、自らの力を奮うことだけだった。

 

 明日は大仕事だ。

 物資の護衛任務とのことだが遠方移動で報酬もでかい。

 ミリアの手を握りながら、いつの間にか眠りについていた。

 

              ◇

 

 物資の移動に付き添い、道中の危険を振り払う。

 それが今回の仕事だ。

 皆と物資を無事に街まで届けられれば任務完了。

 何事もなく目的の場所に到着した。

 帰りも同じなら、これ以上楽な仕事はない。

 

 しかし、そんな考えを裏切るかのように帰路では魔物の群れに遭遇した。

 いつか対峙したことのある魔物たち。手にはあらゆる武器を携えていた。

 力で負けることはない。

 しかし、人や物を気にしながら戦うには、どうしても手数が足りなかった。

 

 力任せに剣を振るい敵をなぎ倒す。

 一振りで倒せる魔物なんて、もちろんごく一部に過ぎない。

 残る魔物が馬車や依頼人とその仲間に襲いかかる。

 咄嗟にその間に飛び込むように、体を割り込ませる。

 

 体に突き刺さるような鋭い痛みが走る。

 けれど痛みにかまっている暇はねぇ。

 痛みを振り払うように剣を振り、魔物の群れを蹂躙した。

 とにかく必死だった。

 傷が増えるたび、体に雑音が交じり動きが鈍くなるのを感じた。

 その雑音を振り払おうとすればするほど、頭に浮かぶのは——

 今は見ぬ、ミリアの笑顔だった。

 

 ふと我に帰ると魔物の群れは沈黙していた。

 疲弊した頭で状況を確認する。

 死人はゼロ。多少崩れてはいるが物資も無事のようだ。

 唯一の被害は荷台を引く馬の一匹。

 依頼人であるアーネスト家のエルノアがやけに気にかけていた馬だ。


 俺は馬を置いて帰還することを提案した。

 しかし、当のエルノアはそれを拒否した。

 馬を置いては行けないと、そう言って聞かなかった。

 このままでは物資も届かず、依頼は達成できなくなってしまう。

 色々話し合った結果、街のことを最優先し物資を先に届けることに決まった。

 

 お陰で報酬はほとんどカットされちまったが、どっかの親切な誰かが坊っちゃんを送り届けたらしく残りの報酬も手にすることができた。

 正直、あの判断が間違いだったとは、まだ思っていない。

 まぁ、これでしばらくは安泰だな。

 

 しかし、屋敷にいた奴ら……見ない顔だった。

 もしかするとあいつらが坊っちゃんを保護した奴らか。

 そうするとあいつらには恩がある。

 明日、顔を拝みに行くか。

 きっと、屋敷周りにいれば会えるだろう。

 

              ◇

 

 相変わらず眠りについたままのミリアの顔を覗き、家を出た。

 散歩がてら屋敷周辺で昨日の奴らを探すことにする。

 魔物から受けた傷がいまだ多少痛むが、朝の光が心地よく足取りは不思議と軽かった。


 屋敷の前にたどり着いたとき、ちょうど昨日の奴らが門を開けて姿を現した。

 急に出ていって不審がられるとまずいと柱の影に姿を隠した。

 話し声が聞こえる。

 

 断片的ではあるが、女の声で「勇者」と言っているように聞こえた。

 この街で禁忌になりつつある言葉に、思わず聞き耳を立ててしまう。

 

「俺が勇者の弟だと知れたら大変なことになりそうだな……」

 

 そう聞こえたとき、自然と体が動いた。

「勇者の弟だと……」

 背後から姿を現した俺に、目の前の三人は目を丸くしていた。

 

「その話、詳しく聞かせて貰おうか」

 俺は勇者の弟を名乗った男を見極めなくてはいけない。

 見過ごすわけにはいかなかった。

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