第二十六話 紋章が告げる真実
「勝手に入っていいのか?」
「呼び鈴があるわけでもないんですね……」
「やっぱり間違いなんじゃない?」
キョロキョロと辺りを観察しても、三人とも正解は導き出せなかった。
それにしても立派な造りだ。
堅牢な作りであることもそうだが、至るところに施された装飾が華やかさを演出している。今日巡った街の建物も立派に思えたが、この光景の前では霞んで見えた。
視線を泳がせていると、その先に気になる装飾を見つけた。それは街の入口でも見かけた、あの“紋章”だった。やはり、どこかで……
一歩近づき、目を凝らす。
そしてそっとまぶたを閉じた。
周囲の音がふっと遠のき、記憶の断片が頭をかすめていく。
どこで見た……もう少しで掴めそうなのに……
「カイルさん?」
その声で現実に引き戻されると同時に——点と点が繋がった。
「そうだ、馬車の紋章!」
「急になに!? びっくりするじゃない!」
「!?」
突然の大声に二人が肩を震わせた。
思い出した、この紋章……エルノアの馬車でも見た。ということは“ここ”はやはり、彼が関わる場所であることは確かだろう。
しかし、そうすると彼は一体、何者なんだ……?
そんな疑問を浮かべながら、無意識に門へ手を伸ばした、その時——
「怪しい輩め! そんな所で何をしている!」
鋭い声が響き、どこからともなく兵士が現れ、俺たちの前に立ち塞がった。声を聞きつけて、周囲から更に兵士が集まってくる。およそ十人ほどだろうか。
全員が武器を構え、迷いなくこちらに切っ先を向ける。
「ちょっと待て。俺たちはエルノアに呼ばれて……」
「言い訳をするな!」
俺の言葉を遮るように一人の兵士が怒鳴る。
「ここはお前たちのような、薄汚れた旅人が踏み入れていい場所ではない!」
酷い言われようだが……屋敷の威容さを思えば、警戒する理由も分かる気がした。
「でも私たち、エルノアさんと約束しているんです」
「話してもらえれば分かると思うけどねぇ」
「黙れ!」
怒号と共に、二人を数人の兵が取り囲む。
ほんの一歩でも動けば斬られそうな、張り詰めた空気が肌を刺した。
話が通じるような状況ではない。どうしようかと考えを巡らせていた、その時——
「一体、なんの騒ぎでしょうか……」
突如、兵士の背後から落ち着いた口調の声が響いた。
その瞬間、張り詰めていた空気が微かに揺らぐ。
兵たちは声の方向へ振り向くや、驚いたように一歩後ろへ下がった。
その隙間から姿を現したのは、一人の老人だった。
ピシッとした燕尾服に身を包み、丁寧に整えられた髭。背筋の伸びた立ち姿は、静かながらも揺るぎない威厳が感じられる。
「……この方たちは?」
「はっ! 屋敷の前で怪しい動きをしていたところを、ひっ捕らえた次第であります!」
兵の一人が胸を張り、はっきりとした口調で答える。
「ほう……」
老人は片眼鏡に手を添えながら、俺たちをじっと見つめた。
その仕草に、自然と背筋が伸びた。
そして、老人は静かに口を開いた。
「アーネスト家の門前で……いかなるご用件で?」
淡々としたその口調の奥には、俺たちを見極めんとする確かな熱を帯びていた。俺の言葉を待つ老人の静かな眼力に、思わず息を呑む。
「俺たちは……」
ひりついた空気の中、なんとか喉の奥で言葉が形になりかけた、その瞬間——
背後で扉が鈍い音を立て、それに続いて聞き慣れた声が重たい空気を裂いた。
「騒がしいと思ったら、君たちか! よく来たね!」
声のする方へ振り向くと、そこには俺たちをここへ誘った主、エルノアが立っていた。
彼は笑顔でこちらに手を振る。
「どうしたんだい? こんな所で」
エルノアは俺たちの様子を確認したあと、その周辺に視線を揺らした。
そして俺たちの奥、武器を手にした集団を見ると目の色を変えた。
「勘違いだとは思うが……、私の客人に失礼を働いたのではあるまいね?」
普段の彼には似合わぬ、低く冷たい言葉が周囲に響く。
その言葉に兵たちは、一斉に背筋を伸ばした。
「い、いえ! 滅相もございません!」
僅かに声が震えている。
兵たちの様子に老人は軽く息を吐き、視線を落とした。
「もうよろしい。下がりなさい」
「……はっ!」
老人の声を合図に、兵たちは逃げるように街の中へ消えていった。
「助かった……」
「怖かったですね……」
「びっくりしたねぇ」
三人揃って小さく息を吐く。ふっと肩の力が抜け、安心から胸を撫で下ろした。
「気を悪くしないでくれ。彼らにも悪気はないんだ」
エルノアの目は笑っていた。
けれど、その瞳の奥には昨日までの柔らかさとは違い、自信と威厳が宿っていた。
「エルノア、君は一体……」
俺の問いに隣の老人がコホンと咳払いをし、姿勢を正す。
「こちらはアーネスト家当主の次男であらせられます。エルノア・アーネスト様でございます」
エルノアは照れたような笑みを浮かべる。その表情は“あの”彼の笑顔そのものだった。
「そして私は、アーネスト家に仕えております。執事のベルナルトと申します。以後お見知り置きを」
「……え?」
思考が追いつかない。
あの道端に置き去りにされていた彼が、この立派な街の当主の息子?
視線がエルノアと屋敷の間を何度も往復する。目が合う度に彼は小さくいたずらのような笑みを浮かべた。
リディアとセラも混乱を隠せないようで、視線が宙を舞う。
俺たちは自然に顔を見合わせ——驚きの声を上げた。
静かな夜に三人の声とエルノアの笑い声が轟く。
それはまるで、新たな物語の幕開けの合図のようだった。




