表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の消えた世界で  作者: 紫京アイラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/25

第二十四話 夜を超え、扉の先へ

「もう大丈夫そうだ。行こうか!」

 しばらくブランにつきっきりだったエルノアが声を上げた。

 その声を合図に、俺たちは再び荷台へ乗り込んだ。


 辺りはすっかり陰り、空には星が輝き始める。

 僅かな光でさえも、あの漆黒の前では、まるで太陽のように感じられた。

 

 静かな夜道に蹄の音が響く。

 その軽快なリズムにブランの回復が窺えた。

 その後もブランは自らの役割を全うすべきかのように、夜通し馬車を引き続けた。

 手綱を操るエルノアもまた同様であった。

 

「休まなくて大丈夫なのか?」

 彼らがいつからあの場所にいたのか分からないが、疲れていないわけが無い。

 しかし、エルノアは疲労の顔も見せず、柔らかな笑みを浮かべた。


「大丈夫。長距離の移動は慣れてるんだ。そうだよな? ブラン」

 彼の呼びかけに、ブランは返事をするように小さく鳴き声を上げた。

 彼らの絆の深さが感じられるそんなやり取りに、ふっと胸が暖かくなった。

 

「良ければ君たちは少し休むといい。安心して、ちゃんと送り届けてあげるから」

 俺たちはその好意に甘え、順番に見張りをしながら、仮眠を取ることにした。

「私は昼間少し休んでいるので、先に休んでください!」

 リディアはそう言って、最初の見張りを名乗り出た。

 

 そして数時間後、彼女に体を揺さぶられ、俺は目を覚ました。

 まだ辺りは暗く、冷えた空気が体を震わせる。

「よし、交代しよう」

 そうして俺は、次の見張りを担当する。

 荷台から顔を出し、霞む目をこすりながら周辺を見渡す。

 視界は大きく開けていて、特に危険は感じられない。

 

 歩幅に合わせて規則正しく揺れる体に妙な安心感を覚えた。

 静寂に響く草原の音色が、耳に心地よく届き、危うく眠ってしまいそうになる。

 

「良かったら、少しでも口にしてくれ」

 しばらく揺られたあと、俺はエルノアに手持ちの食料と飲水を差し出した。

「ありがとう。いただくよ」

 彼は丁寧に受け取ったあと、あっという間に平らげてしまった。

 しばらく飲まず食わずだったのだろう。

 どれだけ無理をしていたのか、想像するのは容易だった。

 俺の目線に気づいたエルノアは、少し恥ずかしそうに目を逸らし、小さく笑った。

 

 少しの沈黙——二人の間をひんやりとした風が通り抜けていった。

 

「……先程は悪かった」

 吐息のような小さな声のあと、エルノアは突然深々と頭を下げた。

 俺はなんのことかさっぱり分からず首を傾げた。


「恩人のことを無碍に扱うなんて、本当に申し訳ない……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんの話だ」

 謝られることなんて何一つもない。むしろ彼の対応には感謝している。

 エルノアにそう告げ、なんとか頭を上げてもらった。

 

 どうやら俺の“勇者”の話題を遮ったことに後悔しているようだった。

「私のことを信頼して聞いてくれたんだろう? 事情があるのかもしれないのに……」

 自らを愚かだと罵る彼の前で、俺の心は揺れていた。


 このまま流れに任せて、少しでも情報を得たい気持ちはあった。

 しかし、自らが勇者の身内と知れたときの彼の反応を思うと、どうしても踏み切れなかった。

 胸に刺さった言葉が再び熱を取り戻し、小さく脈を取り始めた。

 それを彼に悟られないように必死に抑え込む。


「いや、何でもないんだ。気にしないでくれ」

 そう強がるのが精一杯だった。

 俺はその場から逃げるように、セラと見張りを交代し、急いでまぶたを閉じる。

 意識が遠ざかるのと同時に、胸のざわめきも小さくなっていった。

 

 その後、もう一巡見張りを回すはずだったのだが——

 目が覚めたときには、もう既に太陽は真上に昇っていた。

 

 驚きで顔を見合わせる俺とリディアの横で、セラは小さく舌を出した。

「ごめんね。いつの間にか爆睡してたわ」

 飄々と笑う彼女を前に言葉が出なかった。

 何事もなかったから良かったものの……万が一があったらどうするつもりだ。

 言い争う俺たちを尻目に、エルノアは大きく声を上げて笑った。


「みんなよく寝てたよ。随分疲れてたんだね」

 一睡もしていないはずの彼の爽やかな笑顔に気まずさが込み上げる。

 俺たちはただただ無言で、深々と頭を下げた。

 

 その様子を見て、彼は「息ぴったりだね」とくすくすと笑った。

 

「さあ、もうそろそろ到着だよ! ブラン、もうちょっと頑張ろうね」

 ブランは鳴き声をあげたが、その声は小さく、流石に疲れの色が見えた。

 前方には、所々に櫓のような建造物がそびえ、石を積み重ねた壁が道を遮っている。

 そこは夜に見た穏やかな空間とは異なり、人類の抗いの歴史が刻まれていた。

 

 城門を超える際、一人の戦士の男と目が合った。

 男に制止され、ブランが歩みを止める。

 服や防具の上からでも分かる屈強な肉体。

 その手には人が持つには大きすぎるほどの剣が握られていた。

 俺たちの動きに合わせ、剣が僅かに傾く。

 品定めされているかのような鋭い眼差しに、思わず後ずさりしそうになる。


 しかし、男はエルノアの顔を確認すると途端に表情を変え、笑顔で道を開いた。

 男の横を通り抜けると同時に、ふっと体の力が抜け、全身に汗が滲んだ。

 最前線で戦い続ける男から放たれる圧力は、まるで魔物のそれのようだった。

 その後も何度か同様に足止めされるも、皆エルノアの姿を確認すると態度を変えた。

 

 彼はいったい何者なんだ……

 

 背後で、小さく息を飲む気配がした。

 振り向くと、後ろの二人も俺と同じ目でエルノアを見つめていた。

 

 やがて、ブランの足が止まった。

「よし、着いたよ! みんなお疲れ様」

 俺たちは揃って荷台から足を下ろし、身なりを整えた。

「ブランさん、ありがとうございました」

 リディアは柔らかな笑顔でブランを撫でる。

 セラはその隣で大きく体を伸ばしていた。

「ありがとう。本当に助かった」

「いやいや、こちらこそ。君たちがいなければ今頃どうなっていたか」

 言い切った瞬間、エルノアは小さく欠伸を漏らした。

 今まで笑顔を絶やさなかった彼も、疲れた表情で軽く目を伏せた。


「君たちはこれからどうするんだい?」

 彼の問いに答えを探す胸の奥で、昨日のエルノアの言葉が静かに蘇っていた。


『街では勇者の話はしないほうがいい』


 この言葉の裏に、何か——兄と繋がりの深い“何か”が、街に隠れているような気がしてならなかった。

「しばらくは街で過ごそうと思う。色々準備や——知りたいこともあるしな」

 俺は少し頭を悩ませた末そう答えた。

 この街で、兄の痕跡を探すのは骨が折れそうだ。

 必然的に長居することになるだろう。そう思って出た言葉だった。


「それなら今夜は家に招待するよ! この奥を進めば家がある」 

 エルノアは欠伸を隠しながら、通りの奥を指さした。

「そんな、いいんですか?」

 眠そうに顔をしかめる彼を、リディアは心配そうな顔で見つめる。

「流石に少し休ませてもらうけどね。じゃあそろそろ行くよ。また後で会おう」

「あぁ、ありがとう」

 馬車を引きながら、エルノアは通りの奥へ消えて行った。

 

「なんか、変わった人だったねぇ」

「そうですか? 優しい人だと思いましたけど……」

「とにかく、目的地には着いたんだ。夜まで時間もあるし街の中でも見て歩くか」

 エルノアの背を見送った後、俺たちは門をくぐり街へ踏み出した。


 ふと門に目をやると、どこかで見た紋章が目に入った。

 足を止め、記憶を辿ろうとするが、街の喧騒が意識をさらっていく。

「カイル〜。置いてっちゃうよ〜」

「……あぁ。今行く」

 手招きされるままに、先へ進む。

 

 思い出せそうで、思い出せない違和感だけが、微かに胸に残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ