第二十一話 揺らぐ心と、覚悟の一歩
俺たちはセラを先頭に、来た時とは逆方向に森を進む。
数日前は、同じところをぐるぐる回って大変な思いをしたもんだ。
そんなことを考えながら、見慣れた森の景色の中を歩いた。
楽しそうに口笛を吹くセラの隣を、リディアが歩く。
時折聞こえる鳥のさえずりが、セラの口笛と重なり、軽快なメロディを奏でた。
仲の良い二人を見ると微笑ましくて、つい頬が緩む。
出会って間もないはずなのに、まるで姉妹のように見えた。
兄さんと肩を並べて歩いた日のことを、ふと思い出す。
早く、真実を確かめなければ……
靄のかかった右腕に不安を感じながらも、進むしかなかった。
突然、セラがくるっとこちらに振り返った。
「ねぇ、カイル。この後の行き先はもう決まってるの?」
「あぁ、明確な目的地があるわけではないが……」
森からの旅立ちを決意する時、大まかな目的地は決めておいた。
前にカッコ悪いとこ見せてしまっているからな……
俺はリディアを横目でちらりと見た。
「次は、街を目指そうと思う」
俺の言葉に、セラは何か考える様子で目を伏せた。
「ここから西の方に、あるにはあるけどねぇ……」
「何か問題があるんですか?」
躊躇うセラの様子にリディアが問いかける。
「あの街は、魔物の襲撃が多くて、出入りが難しいんだよねぇ」
セラ曰く、不安分子が少しでも介入しないようになっているとか。
「たどり着いても門前払い、魔物の群れに放り出される可能性もある、ということか」
セラという頼りになる仲間は増えたものの、俺がどこまで戦えるのか。
それが一番……不安だ。
軽快に進んでいたはずの足並みが、突然泥沼にはまったように重たく感じた。
ふと雲が陽を覆い、森の光が薄れた。
それはまるで俺の胸の内をなぞるようで、世界が少し暗く見えた。
「でも、そんなに魔物が多いなら、勇者様は絶対立ち寄ってますよね!」
俺の心の闇を遮るかのように、リディアの声が届いた。
「確かに、目撃情報も多そうだしね」
セラが隣でうんうんと頷く。
俺は一人じゃない。
二人を見て改めてそう感じた。
そんな俺の心を知ってか知らずか、リディアが杖をかざし胸を張る。
「私も強くなった……はずですから! 任せてください!」
自慢げに笑う彼女を見て、ふっと心が軽くなった。
雲は晴れ、俺たちの道を光が照らし出す。
「あぁ、頼りにしてるよ」
リディアの頭を撫で、精一杯笑って見せる。
いつの間にか足は泥沼から抜け出し、大きな一歩を踏み出す。
さあ——行こう。
そうして俺たちは森の外へ、目指すは西の街。
久々に見る森の外は、森とはまた違う広大さを感じさせた。
とにかく前進あるのみだ。
まだ見ぬ街へ続く道を、ゆっくり歩き出した。
「森の外は久々だなぁ」
セラが大きく体を伸ばす。
しばらく森と共に過ごしていた彼女にとっては森の外が新鮮のようだ。
「外にはあんまり出なかったんですか?」
「うん、自給自足でなんとかなっちゃうしねぇ」
「その割には、酷い料理だったけどな……」
「おっ、言うねぇ」
和気あいあいとした会話を繰り返しながら歩く。
以前聞いたように、森が近いと魔物はほとんどいないようだ。
警戒しながらも着実に歩みを進めていた。
やがて、森の気配は少しずつ薄くなり、荒廃した世界を思い出させる。
荒れ果てた集落に差し掛かると、途端に現実が押し寄せた。
かつては人が生活していた痕跡は既に風化し、乾いた風が寂しそうに吹き抜けた。
「前に来たときは、ここまで荒れてなかったんだけどね……」
悲しそうな顔をしたセラが辺りを見渡す。
つられて周辺を確認するが、人の気配は感じない。
そのまま通り過ぎようとした時、瓦礫の角に何か蠢くものを見つけた。
淡い朱色をした“それ”はジュワジュワと瓦礫を飲み込んでいる。
半固体状の塊が人の営みを消し去ろうとしていた。
——こいつも魔物か?
剣を抜き、構える。
柄を握る右手をかばうように、左手を重ねる。
こちらに危害を加える様子がない“それ”を慎重に観察する。
剣先で接触を試みようとしたとき——
「ちょーっと待ったぁ!!」
セラが駆け寄り、俺の動きを制止する。
「その魔物には物理的な攻撃は効かないよ! ましてや斬撃なんて!」
彼女は両手で大きくバツを描いた。
どうやら物理的な攻撃は衝撃を吸収し、挙げ句武器を溶かしてしまうとのことだ。
万が一、斬撃が通ったところで切断面から分裂し、数を増やす。
「危ないところだった……。でもどうすれば?」
こうしている間にも、瓦礫が少しずつ姿を消していた。
「こうするのさ。ちょっと離れていて。あとリディアはこっち」
セラはリディアに耳打ちし、位置についた。
俺はそれを少し離れた位置で見守る。
……何が始まるんだ?
セラが杖を振ると、その先端からバチッと火花が散った。
その小さな光は軌跡を描きながら、魔物へふわりと近づいていく。
リディアはセラの動きに合わせて、そっと杖を掲げた。
火花が魔物に触れる寸前、彼女の杖が淡く光る。
「——水紗の護り」
薄い水の膜が魔物を覆う。
それは彼女が囚えられていた水泡に似ていたが、温かな“祈り”が滲んでいた。
次の瞬間——
火花が膜の内側で弾け、一気に膨れ上がる。
小さな爆発が魔物を焼き尽くした。
猛り狂う炎の衝撃を、リディアの魔術が静かに受け止めていた。
ぱちんと水膜が弾ける。
その音と重なるように、セラとリディアが軽く手を合わせた。
小さな成功を分かち合うような、楽しげな仕草だった。
「……凄いな」
セラの力はもちろんだが、リディアも確実に成長している。
“祈りの力”と“水の魔術”を会得した彼女の瞳には、確かな自信に溢れていた。
「まぁ、こんな感じでね。焼き払っちゃうのが一番ってわけ。囲うのは飛び散り防止の保険ね」
「なるほどな」
魔物にも様々な種類が存在し、それぞれに合わせた対処法がある。
言われれば当たり前のことだが、意識したことはなかった。
改めて二人の存在をありがたく感じた。
「セラさん! こっちにもいます!」
「まかせて!」
二人はバタバタと集落の中へと走っていった。
一人残された俺は、集落の入口と思わしき場所に腰掛け、二人を待つことにした。
今回ばかりは、特に役に立てなそうだ。
しかし——ふと、ヴェイドの存在が脳裏に浮かんだ。
あの“想像”を力に変える能力があれば俺でも……
胸の奥に僅かな熱が帯びるのを感じたが、右腕の重さが現実に引き戻す。
あの力は、容易に使うものではない。
俺はそう考えていた。
しかし、心の何処かでは力を欲していることも、自分では確かに分かっていた。
密かに笑いかける“それ”を今は、奥へ奥へと押し込んだ。
やがて、二人は集落の魔物を退治し終えたのか、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
リディアはセラに寄りかかり、肩で息をしている。
「ちょっと頑張り過ぎちゃいました……」
微かに手が震えて見えた。
少し休ませてから行こう。
回復を待ってから、集落を出ることにした。
休息の間、風がひどく冷たく感じた。
右腕の奥が、またじんわりとうずく。
リディアの寝息が聞こえた。
守らないとな……。
自分にそう言い聞かせ、俺はそっと拳を握った。
……でも、今の俺で守れるのか?
胸の奥で、鈍い不安が形を成し始めていた。
だから俺は覚悟を決めた。
リディアが目を覚ます前に、セラに相談しよう。
俺の中にいる“ヴェイド”の力について。
そう決めた瞬間、胸の奥で、またあの笑い声が聞こえた気がした。




