表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の消えた世界で  作者: 紫京アイラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/25

第十九話 虚を名に持つもの

 セラは俺の話を静かに聞いていた。

 時折、何か思い詰めたような表情でこちらを見ていたが、彼女は最後まで、俺の話を遮らなかった。

「あんた、無茶しすぎだよ……」

 最後にそう言って、呆れたように笑う彼女の顔が、やけに印象的だった。

 

 しばらくの沈黙の後、セラはふと祠のある方向を見つめ呟いた。

「それにしても、あの祠……ほんとに“いた”んだね……」

「ほんとに、というのは……?」

 俺の問いに彼女はゆっくり顔を向ける。瞳の奥が一瞬だけ揺れた。

「師匠から聞いてはいたんだ……でも冗談だと思ってた」

 少し間を置いて、セラは静かに言った。


「師匠はそれを——“ヴェイド”と呼んでた」

 その名を口にした瞬間、セラの表情がわずかに曇る。

 森の奥、祠の方角から冷たい風が吹き、木々がざわめく。

 

「ヴェイド……」


 頭の奥で、あの低く重たい声を思い出す。

 俺の心を読み、俺の“想像”を現実に変えた——あの存在。

 胸がざわつく。

「そいつは……そのヴェイドってのは何者なんだ」


「私も詳しくは分からないけど……」

『精霊のようで精霊にあらず。決まった性質は持たず、その姿や性質さえも見る者によって自在に形を変える者』

「師匠は、そう教えてくれた」

 セラはそう言いながら、静かに息を吐いた。

 

 師匠——セラの師であるルーベンは、ヴェイドのことをどこまで知っているのか。

 兄の動向とヴェイドの謎。

 彼に尋ねなければいけないことが、また一つ増えた。

 

「それと、もう一つ」

 

「虚に呑まれれば、身を滅ぼすことになる——そう言ってた」

 

 ——身を滅ぼす。

 その言葉が、胸に重たく響いた。

 同時に、あのヴェイドの言葉が脳裏に蘇る。

 力を得る代わりに降りかかる“代償”の話を。

 思わず背筋が震える。

 この右腕が……その代償なのか?

 

「ねぇ、その腕……大丈夫なの?」

 無意識に強く抱え込んでいた腕に、セラが優しく触れる。

 

「あぁ、大丈……」

 大丈夫、そう言い切ろうとしたが、なぜか言葉は喉の奥で止まる。

 いつもの俺なら、笑ってやり過ごせたはずなのに。

 なぜか今日は、セラにだけは、嘘を付けないと思った。


「……剣が、振れなくなった」

 口から自然と出た言葉と同時に、涙が頬を伝っていた。

 

 その後のことは、よく覚えていない。

 記憶にあるのは——

 優しく微笑むセラの姿と、柔らかく落ち着いた香りのする、温もりだけだった。

 

 ***

 

 再び、工房の寝台で目を覚ます。

 

 昨夜のことを思い出し、右手を握りしめる。

 やはり、力は戻っていない。

 一瞬、夢であってほしいと思ったが、現実は容赦なく重かった。

 

 それでも、なぜか昨日より心は穏やかだった。

 胸の奥に、ほんのわずかな光が灯っている気がした。

 

 重たいまぶたをなんとかこじ開け、顔をあげる。

 

 ——よし。

 

 身なりを整え、工房の外へ出る。

 朝の空気が肌に触れ、少しひんやりとした。

 それでも、不思議と心地よい。

 きっと、二人に会えるはずだ。

 そう思うだけで、足取りが少し軽くなった。

 

「カイルさん! 体は大丈夫ですか!?」

 太陽のように眩しい笑顔で、リディアが駆け寄る。

 一瞬、右腕のことがよぎったが、彼女の笑顔を壊したくなくて、口を噤んだ。

「あぁ、大丈夫だ。ありがとう」

 奥に見えたセラは、少し不安げな表情でこちらを見ていた。

 その瞳には、昨夜の静けさが映った気がした。

 

「リディア、それは?」

 ふと、俺はリディアが手にするものに気づいた。

 彼女が右手に持つそれは、少し古めかしさを感じるが、どこか温もりを帯びた“杖”だった。


「これ、セラさんがくれたんです!」

 リディアは幼い子どものようにキラキラと瞳を輝かせる。

 杖の先端には、彼女の胸元の蒼石と同じ輝きを放つ石がはめ込まれていた。

 木を削り出して作られた“それ”からは生命の力強さのようなものを感じる。

 

「師匠のお下がりだけどね」

 セラは「この子に似合いそうだったから」と、どこか照れくさそうに笑った。

 

 その後、三人で簡単な食事を取った。

 生死を彷徨った昨日とは違う、穏やかな日常が、やけに胸に染みる。

 

 風がやさしく頬を撫で、朝の光が木々の隙間をすり抜ける。

 まるで森全体が息をしているようだった。

 

「……そろそろ、ここを出ようと思う」

 

 食事の片付けを終え、俺は二人にそう告げた。

 魔物もいないこの森での生活も悪くない。

 けれど、胸の奥で“何か”が、静かに呼んでいる。

 

 俺にはまだ、やらなければならないことがある。

 

 俺の言葉に、リディアは決意を固めたように杖を握りしめ、こちらを見た。

 彼女の表情は、以前より自信に満ち溢れていた。

 

「そっか……」

 一方のセラは瞳を伏せ、寂しそうに微笑んだ。

 けれど、無理に引き止めようとはしなかった。

 それが彼女らしい、優しさの形のように思えた。

 

 リディアと顔を見合わせ、セラに別れを告げようとした瞬間——

 

「ちょっとだけ待てる!?」

 セラはそう言い、勢いよく工房へと駆け出していった。

 

 残される俺とリディアは、ぽかんとしたまま顔を見合わせる。

 

 なんというか最後まで——

 

「セラらしいな」

「セラさんらしいですね」

 

 二人の声がぴたりと重なり、自然と笑顔が溢れた。

 森を渡る風が、その笑い声を運ぶように心地よく吹き抜けた。


 セラが戻ってくるまで、久しぶりに二人で語り合った。

 話題に上がるのは、この森のこと。

 そして——セラのこと。

 

 出会ってからの時間は、決して長くはない。

 けれど、彼女と過ごした日々が、確かに俺たちの中に残っている。

 そのことだけは、二人とも迷わずに信じられた。

 

 穏やかな時間が流れていた、その時。


 工房の扉が勢いよく開く。

「おまたせ!」

 そこにはいつものローブを羽織り、杖を持つセラの姿。

 腰には魔導書と小さな鞄。

 その隙間からは、小瓶や乾燥した草花が顔をのぞかせている。

 

「それじゃあ、行きますか!」

 セラは胸を張り、森の奥を指さした。


「行くって、セラ、お前まさか……」

 木々の隙間から光が差し込んだ。

 風に揺れる葉の一枚一枚に反射し、まるで祝福のように辺りを照らした。


「もちろん! 一緒に行くよ。私がいないと寂しいでしょ?」


 とびっきりの笑顔。

 その姿に、俺とリディアは思わず顔を見合わせ、声を出して大きく笑った。

 

 そして、俺たちは森を後にした。

 ふと振り向くと、工房は霧のように森に溶け込み、まるで最初から存在しなかったかのように静かに消えていった。


 頬を撫でる風は、どこか名残惜しそうで――

 それでも、確かに前へ。三人の新しい道へと背中を押していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ