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プロローグ 災厄の胎動

 ここは ヴァリスティア大陸。

 肥沃な大地と豊かな資源に恵まれ、人々は四季折々の自然の恵みを享受し、穏やかな暮らしを営んでいた。

 歴史の中には幾度となく争いもあった。だがそれも遠い昔の話となり、もはや伝承や絵巻の中にしか残っていない。

 ほとんどの者は平和な日常を当然のものとして受け入れ、明日も、そしてその先も同じ日々が続くと信じて疑わなかった。


 ――あの出来事が起こるまでは。


 ある日、突如として大陸全土を覆い尽くしたのは、誰一人見たこともないほど濃く、重苦しい暗雲だった。

 太陽の光は遮られ、昼であるにもかかわらず辺りは夜のように暗く沈んだ。

 大地は震え、風は腐臭を帯び、鳥や獣は一斉に姿を消した。人々はただ不安に駆られ、家の窓を閉ざし、祈ることしかできなかった。

 その暗雲の下に潜んでいたものは、彼らの想像を遥かに超えていた。

 影の裂け目から湧き出すように現れたのは、言葉も理も持たぬ異形の生物たち。

 形は一定せず、獣のようでありながら人の顔を歪め、羽根や爪や触手を持つものすらいた。

 彼らは飢えた獣のように街へと押し寄せ、容赦なく人を襲い、作物を喰らい、石造りの建物をも砕き、あらゆる営みを破壊し尽くした。

 炎と悲鳴が大陸を覆った。

 誰もが問うた――なぜ、何が起こっているのか、と。

 だが答えを知る者はいない。やがて人々は気づく。これは災害ではなく、侵略であり、生存そのものを脅かす終焉の始まりなのだと。


 すぐさま各国の王侯は軍を招集し、精鋭部隊による討伐と調査が始まった。

 剣と魔術をもって立ち向かう者、聖職者として民を守る者、そして命を賭して戦場に赴いた多くの勇敢な兵士たち。

 彼らは次々と現れる異形の群れに挑み、血を流し、命を落としながらも確かに戦果を上げていった。

 甚大なる被害を受けながらも、人々は少しずつ対抗の術を学んでいった。

 火は異形を焼き払い、銀はその身を裂き、祈りと祝詞は闇を退ける――戦いの中で幾つかの法則が見いだされ、やがて絶望の中にも「抗う」という希望が芽生え始めた。


 そうして年月を経るうちに、一つの共通の認識が人々の間に広まっていく。

 大陸の一部に、他の地域よりも暗雲の濃く淀む場所がある。

 まるで世界そのものが腐り落ちたかのように、空は永遠に黒く、風は冷たく、生命の気配すら失われた地。

 そして異形の大半は、その地域から各地へと溢れ出し、世界を蹂躙しているのだと。

 その地に足を踏み入れた者の大半は、二度と戻って来ることはなかった。

 彼らが最後に何を目にし、どこで果てたのかは誰にも分からない。

 ごく稀に帰還する者もいた。

 だが彼らは皆、深く蝕まれていた。

 体は衰弱し、血の気を失い、何よりその瞳には光が宿っていなかった。

 うわ言のように繰り返す言葉は断片的で、誰一人として正確な記録を語ることはできなかった。

 ただ共通していたのは――「そこには、圧倒的な“何か”がいる」という戦慄だけである。


 やがて人々の間に一つの噂が広まっていった。

 あの地には、異形を束ねる強大な存在が潜んでいるのだ、と。

 災厄を呼び、闇を支配し、無数の魔物を従える王。

 人々はその存在を畏れを込めてこう呼ぶようになった。


 ――魔王。


 その後、各国は暗雲渦巻くその地との境界に、数多の砦や防衛拠点を築き上げた。

 昼夜を問わず戦いが繰り広げられ、剣が打ち鳴らされ、魔術が交錯し、血が大地を赤く染めた。

 しかし、どれほどの魔物を斬り伏せ、焼き尽くし、祓い清めたとしても、その群勢は尽きることがなかった。

 まるで大地そのものが魔物を産み落としているかのように、討っても討っても、新たな影が溢れ出てくるのだ。


 やがて年月を重ねるごとに、人類は確実に疲弊していった。

 砦は一つ、また一つと陥落し、境界線はじりじりと後退を余儀なくされる。

 民は疲れ、兵は憔悴し、誰もが心の奥底で悟り始めていた――この終わりなき戦いは、防衛だけでは決して終わらない、と。

 魔王を討伐せずして状況は変化しない。

 そう結論づけた各国の王たちは、己が領土や覇権を超えて手を取り合い、力ある者、知恵ある者、技術に長けた者を呼び集めた。

 剣聖、魔導士、聖騎士、錬金術師……あらゆる才覚を集めて結成された討伐隊こそ、人類の最後の希望であった。


 その中でも、天賦の才を示し、戦場で誰よりも輝きを放った者がいた。

 人々は彼らを畏敬と憧憬を込めてこう呼ぶ。


 ――勇者。


 これは――そんな勇者が育った、小さな村の少年のお話。


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