22.そして師は笑った
ブロックスは目の前の光景が信じられなかった。ブロックスだけではない、弟子達が同じ気持ちでその光景を見届けていた。
名も知らぬ少年がオーガを倒した。文字で読むのと実際に見るのではその衝撃は全く違う。それもそのオーガが自分達の師であり、名の通った剣士であるなら自分達の目を疑わないほうが不自然である。
最初に動いたのは審判役をしていたエドガーだった。勝敗を告げる前に倒れたドラクロワの元にかけより状態を確認する。それをきっかけに弟子たち…もちろんブロックスもドラクロワに駆け寄った。
「心配するな…。」
目を開けたドラクロワが仰向けになり、天井を見つめ、告げる。しかし立ち上がることはなかった。
「俺の負けだ。」
静かにそう告げたドラクロワの周りの弟子たちはまるで自分が負けたかのように悔しがる仕草を見せる。エドガーはドラクロワの状態を確認したあとに手を向け、魔法を展開。緑色のオーラのようなものがドラクロワの身体中を覆った。
ブロックスがハッとしてレイスの方を向くと彼は蹴った脚をさすりながらその場に座り込んでいたのだった。
「お前さんも見せてみろ。……お前のほうが重症ではないか!」
魔法をかけ終わったエドガーがレイスの左腕や脚を見ながら声を荒げた。あとから聞くと左腕は打撲、蹴った脚はヒビが入る手前だったらしい。そりゃオーガの頑丈な頭を思い切り蹴ったのだ。人の身では無理もない。
「ハハハ…。いやぁ、勝ててよかった。」
痛みに耐えながら笑うレイスをブロックスは複雑な思いで見つめた。強いとは思っていた。彼の言葉から自信があることも分かっていた。それでもレイスが勝てるとは全く思っていたなかったから…。
それでも勝ったのだ。満身創痍になりながらでも同い年くらいの男が先生に…。
手を強く握り締める。それと同時に悔しさとそれ以上に自分が慢心していたということに気付かされていた。この訓練場で一番強いと自負し、ハンターになっても活躍できると信じていた。でもこの訓練場の外には自分よりも遥かに強い奴ももいる。それをまざまざと見せつけられた。
「悔しいか?俺もだ。」
ブロックスは後ろを振り向くとドラクロワが首だけこちらに向けて語りかけている。
「あっいや…。」
「悔しさは恥ずべきことではない。嫉妬もそうだ。それを糧にできるのであればそれは原動力となる。」
ドラクロワの言葉にブロックスは頷く。
「悔しいです。レイスが先生に勝ったことも。俺があいつの足元にも及ばないことも。だから強くなりたいです。」
ブロックスは強い眼差しでドラクロワを見つめる。
「先生。俺に剣を教えてください。破門を取り消してください!」
その場に土下座して懇願するブロックスに対してドラクロワはゆっくりと上体を起こし、見下ろした。
「お前の剣には慢心が乗っていた。その剣はいつか自分を滅ぼすことになるだろうと思っていたが…その目ならばもう心配いらないな。」
「じゃあ…また弟子に…」
「今はその時ではない。」
ブロックスの願いをドラクロワは制した。
「もうすぐ父親のケガが完治するのだろう?そうなれば商売もまた始められる。しかし今頼りになるのはお前しかいない。母親一人に任せるのか?」
「それは…」
「俺のかつての仕事仲間にも話はつけてある。すぐに注文が入るはずだ。だから落ち着いてから帰ってこい。今のお前になら剣を教えてやってもいい。」
「は、はい!!」
ブロックスにそう伝えてからその先にいる座り込んで、エドガーに説教されている少年をドラクロワは見つめた。
大した男だ。どれほどの戦いを経験してきたのだろうか?まるで歴戦の戦士と戦っているような感覚であった。
卓越した技術もそうだが、勢いに任せた戦い方ではなく年齢に見合わない適応力と観察眼。それを戦いながら行うのだから感心する他なかった。
「先生!先生!」
ふと周りの声が耳に入る。まだ自分を先生と呼ぶのかと呆れた感情と嬉しい気持ちが入り混じる。
「心配するな。」
ドラクロワが弟子たちを見渡す。皆が心配そうな顔でこちらを向いている。
(情けない。)
負けた以上に彼らに心配させてしまったことに不甲斐なさを感じる。思えばこれまで強い自分を見せ続けていた。それが教える側の説得力となり、教えられる者に、「強者から教わっている」のだと安心感を与え、自信へと繋がるとそう信じていた。
「先生!とにかく今は安静にしてください!」
「先生は3戦もした後でした!疲れがあったのです!」
「膝の古傷さえなければ先生が勝ってました!」
負けたというのに弟子たちは自分の事を心配し、まだ強者だと扱ってくれる。
「いいのか?俺は負けたのだ。お前達に偉そうなことを言いながら。」
思わずドラクロワは確認の言葉を漏らした。口から出たあとに気付き、口をつぐんだが、後の祭りであったが、返ってきた答えはドラクロワには意外なものだった。
「何言ってるんですか?そんなことより今は早く休んでください。」
そして次の言葉がドラクロワの心を打った。
「また明日、稽古をつけてください!」
ドラクロワは小さく笑い、エドガーや弟子たちの肩を借りて起き上がり医務室へと連れられたのだった。




