20.そして鬼は激怒した
【突進】と言えば単純な攻撃のように思うだろう。相手にぶつかり、衝撃を与えるというものだ。それがオーガによる突進となるとそれは一撃必殺の技と成り得る。
オーガの特有の頑強な身体が優れた身体能力を支える筋力から生み出されるスピードによって衝突する。シンプルがゆえに予備動作も少なく避けることも困難となる。
事実、レイスはその一撃目を目で捉えていたが、避けることはできなかった。それをドラクロワは記憶し、一度仕掛けるためにタイミングを伺い続けていた。今度は確実に仕留めるために。
そして放たれた必殺の一撃はレイスに当たることはなかった。完璧なタイミングのはずであった。しかし当たらなかったのである。
ドラクロワは一瞬、困惑したが、その間がレイスにとって最大の攻撃を与えるチャンスとなる。
「はあああ!!」
気合の掛け声とともに突進を避けられ体勢を崩したドラクロワの側頭部にレイスの渾身の一撃が入った。
「うおっ!」
ドラクロワの上体がよろめく。そしてレイスがさらに上段から振り下ろす。しかしドラクロワは目の前が歪んで見える中、本能により木刀を持っていない左手の拳でその振り下ろしを弾き、足を踏ん張り何とか倒れるのを堪えるのだった。
「少しは突破口が見えたかな?」
今度はこっちの番とばかりにレイスが軽口を叩き、挑発する。対してドラクロワは冷静に状況を捉えようとしている。
レイスの思惑は半分は成功した。医務室で聞いた「ケガをしている」という情報…それをもとに出来るだけその箇所と思われる右膝に攻撃を集中させることで突進の際に踏み込みを甘くすることには成功した。出来れば動けなくなってくれると良かったが、残念ながらそこまでには至らなかった。それどころか痛がる素振りもしていない。
(オーガっていうのはそんなに頑丈なのかよ。)
レイスは内心、辟易としていた。その中でもよろめくほどの攻撃を与えたというのはレイスにとって希望を抱くには十分であり、再び、気合を入れ直した。
一方、ドラクロワは怒りを覚えていた。レイスにではない。自分に対してであった。思えば戦いらしい戦いなんて久しぶりであった。勘も鈍っていたのだろう。しかしそんな言い訳が頭の中に浮かぶこと自体が許せなかった。
弟子たちの前で無様な姿を晒したことに対して、何の警戒もなく攻撃を仕掛け、まんまと相手の罠に嵌ったこと。自分の不甲斐なさが情けなく思うことすらドラクロワの怒りに火をつけるのに十分であった。
「腑抜けていたのは俺の方だったか。」
それまでよりも低い声でドラクロワはつぶやき、そして首を数回横に振り、視界を元に戻す。目の前には倒す敵がこちらに剣を向けている。
「レイス。まさか俺に一撃を与えるとはな。面白い…いや、面白くはないな。」
睨みつけながらいくらかは丁寧であった話し方が変わっていた。
「俺はようやく面白くなってきたところだけどね。」
「攻撃が通ったからか?なら教えておいてやるが俺に痛みを感じさせたのは道場を始めてから初めてだ。」
レイスは少し笑い、また真剣な顔に戻す。対してドラクロワは煮えたぎるような怒りが別の感情へと変化していた。
「さて、ここからは剣術の先生としてではなく。一人の剣士としてお相手しよう。よろしいかな?」
ドラクロワはレイスの答えを聞く間もなく木刀を両手で握り、そして一歩を踏み出した。
(来る…!)
そしてゆったりと大きく振りかぶる。これまでの攻撃に比べてあまりに緩慢で隙の多かった。
(誘っているのか?)
レイスは距離を取りながらドラクロワの後方へと駆けた。しかしなおもドラクロワは大きく振りかぶったまま微動だにしない。
そして完全に背中を取ったレイスは右膝裏への攻撃を仕掛ける。もう少しで当たるという瞬間、凄まじい殺気をレイスは感じた。
その瞬間、レイスの木刀がドラクロワの木刀に弾かれた。ドラクロワは右足を軸に回転し、目にも止まらぬ程のスピードで水平に木刀を回転に合わせて振り、弾いたのだった。
何が起きたか理解できていないレイスに向かってドラクロワは辿った軌道をなぞる様に素早く戻し、その軌道上にいるレイスに向かって木刀を走らせた。
自分の意思というよりも長年の経験から来る反射によってなんとかレイスは自分の木刀を間に入れることで直撃を防いだものの、その力によって大きく弾き飛ばされた。
受け身を取り、立ち上がったものの攻撃のあたった左腕に強い痛みが走る。そして追撃に備えて痛みを堪えて立ち上がり、構えたが、ドラクロワは再び、木刀を大きく振りかぶった構えを取り、その場でレイスを見つめていた。ただただ悠然とした構えには余裕すら漂っている。
見誤った。
突撃や猛攻は目で追える速度であったが、先程の剣捌きは目で追うことすらできなかった。あれが、相手の本気。レイスは理解する。鬼の剣術はオーガの持つ身体能力と動体視力から成り立つ反応速度による迎撃を主体とした【静の剣】だったということを。




