16.そして弟子は納得した
「う、ううん…。」
「大丈夫か?」
ブロックスが目を覚ましたのは試合の片付けが終わり、道場付きの魔道士が治癒魔法をかけた後であった。レイスがほかの訓練生の力を借りて医務室まで運び込まれていた。
「えっと…ここは。」
「医務室だよ。治癒魔法はかけたから少し横になっていたら完治して痛みも引くだろうって。」
「あ、ああ。そうか、俺、先生と戦って…それで負けたんだ。」
ブロックスはベッド横に置かれた荷物を見つめてつぶやいた。
「本当に、悪かった。俺のせいでこんな目に。助言も役に立たなくて…」
レイスは謝罪するが、ブロックスは荷物を見つめたまま黙っている。
しばらく二人の間に沈黙が流れたが、ブロックスが独り言のように話し始める。
「俺の家さ…父さんが商人やってたんだけど、行商の最中に野盗に襲われてさ。命は助かったんだけど、怪我が元で商売ができなくなっちゃって。」
「それで、代わりに君がハンターになって働くつもりだったのか?」
「ああ。それに父さんを襲った野盗だって捕まってないし。それなら俺がハンターになれば稼げるしその野盗だって俺の手で捕まえることができるかもしれないし。」
「君自身はハンターになりたいのか?」
レイスの問いかけにブロックスはうつむき、少し間を空けて答える。
「なりたいってわけじゃない。でも俺みたいな子供が稼ぐにはハンターが一番、割が良い。それに…負けちまったけどここの訓練生では俺が一番強かったんだ。自信はあったよ。」
「そうか。俺に何かできることはないか?なんだったらエミ…いや、なんでもない。」
レイスは一瞬、エミリアに彼を雇ってもらえるよう口添えすることを考えたが、エミリアの方にも事情があるだろうし、レイス自身も世話になっている身でお願いすることは躊躇われた。
「そんな心配しなくてもいいですよ。それに、まぁあんたに声さえかけられなきゃこんなことになってなかったけど、でも俺にも責任があるんだから気にしないでください。」
また医務室に静寂が包んだが、ブロックスがレイスの方を見て問いかけた。
「俺の一撃は先生に効かなかったってことでしよね?」
今度はレイスが少し考える素振りをしてから答える。
「まったく効いてなかったってことはないと思う。いや、憶測だけど。」
それは数十分前に遡る。ブロックスが医務室に運ばれてからスタッフが魔道士を呼びに行った時のことだ。
しばらくしてからスタッフに連れられて初老の男性が息を切らせながら入ってきたのである。そしてベッドで横たわるブロックスを確認してから治癒魔法をかけたのだが、その時、その魔道士は愚痴を零していたのである。
「ドラクロワも無茶をする。自分もケガをしているというのに…」
そして魔法をかけ終わると慌ててスタッフと部屋を出ていったのであった。
一通りレイスが説明を終えるとブロックスの目に少し光が戻ったように思えた。
「試合でドラクロワに攻撃を与えたのは一試合目の女の子と君だけだ。状況から考えても君のが効いたんだと思うよ。」
すこしでも慰めになればと思い、レイスは話を続ける。
「身のこなしも剣裁きも、そしてあれに向かっていく胆力もすごかった。君は良い剣士になるだろうね。」
少しはにかむ様な素振りをブロックスは見せた。
「全部、先生に教えられたことさ。戦いでは慎重であることは大切だが、臆病になってはいけない。俺の足が駄目になったのも、俺が臆病だったからだ。ってね。」
「じゃあ知ってたのか?足が悪いのを?」
「ああ、ここの訓練生はほとんどね。先生が教訓として話してるから。でも、俺はあの時、緊張でそんなこと忘れてた。なのにあんたはそれを見抜いてて驚いたよ。良い目してるな。」
ブロックスは少し吹っ切れたのか表情も柔らかくなりはじめ、ゆっくりと上体を起こし、ベッドに腰掛ける形に姿勢を変え、レイスに向かった。
「まだ無理に動かないほうがいい。」
レイスが慌てて介抱しようとしたが、その手をブロックスは優しく振りほどき座るように促した。
「魔法も効いてるし、見た目ほどは痛くない。それよりも、あんたは一体何者なんだ?見学者って先生は言ってたけど。」
ブロックスの目はまっすぐレイスを見つめる。そしてレイスも姿勢正してから答えた。
「俺はレイス。ドラクロワ…君の先生と試合をするために来たんだ。」
ブロックスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したような表情になった。
「なるほどね…なんでだろうな。普通なら俺と歳も変わらなそうな奴がそんなこと言ったら冗談かと思うのに。あんたなら良いところまでいきそうなんだよな。」
「良いところ?俺は勝つつもりなんだけど?」
「ハハハッ!そうか!そりゃあそうだよな。だから俺は負けちまったのかもしれないな。」
「そんなに笑わなくてもいいだろ?俺はいつも勝つことしか考えてないぜ?」
「いやいや。うちの先生が負けるわけねぇだろ?」
まるで友人同士のような会話が午後の日差しが入る医務室を包んだ。




