27.そして彼は確かめた
「おや?思ったような反応じゃないね?」
金髪の少年は不思議そうな顔をしながらレイスの顔を覗き込む。相変わらず口が動いていないのに声だけ聞こえるのには慣れない。
「今日は一日いろんなことがあったからな。それで…なにか俺に用かな?」
レイスは首を傾けながら少年に聞き返す。少年はレイスから少し距離を取り、空中であぐらをかいてから、話し始めた。
「この世界を一日生きてみて心境の変化はあったかなと思ってね。どうだい?今からでも魔法を使えるようにしてあげようか?」
少年の口は動くことはなかったが、レイスには意地悪い笑顔をしているように見える。どうやら神はいい性格をしているらしい。
「いいや、このままでいい。」
「その心は?魔法がどんなものかわかったと思うけど?」
「俺が俺じゃなくなるからな。」
レイスは嘘偽りなく思いを述べた。どうせ心を読み取れる神に駆け引きなんて通用しないのだから。
「ただでさえ、あの知識が流れ込むやつで俺という人間が薄まっていくように感じた。その上、魔法まで使えるのなら、それはもう俺じゃない。俺は一介の剣士だ。それ以上でもそれ以下でもない。それに魔法が使えないからこそ見えるものもある。今日はそれを確信したよ。」
「なるほど…確かに強がりじゃないみたいだね。わかったよ。」
神もどうやら不本意ながらレイスの気持ちを汲み取ったようだった。そしてレイスは続けて話しを続けた。
「あのさ。できればあの知識が入るやつもなくしてもらってもいいか?ああ、文字とかは読めるようにはしといて欲しいんだけどあれ以上はもう勘弁というか…」
「いいよ。これまで得た知識はそのままにしてこれ以上は入らないようにする。でも生活に困るかもよ。」
「それを模索するのも面白い。」
「そうか。うん。君の言い分はわかった。それを尊重しよう。でも…そうだな、なら一つだけ君に贈り物を渡そう。心配しなくていい。君が君らしくいられるための物だ。」
「何をくれるって言うんだ?」
「それはその時が来てからのお楽しみだよ。君には魔王を倒してもらわなくてはいけないからね。」
レイスはその言葉にハッとして、少年に慌てて問いかけた。
「そうだ!魔王は倒せないって聞いたぞ!?」
「そんなことはない、魔王は倒せるよ。じゃなきゃ君をこの世界に呼んだりしない。」
「いや、でも。エミリアは…」
そう言いかけたレイスを制するように神はゆっくりと言葉をかけた。
「模索するのも楽しみなんだろ?なら調べて探して、そして魔王を討つといい。」
思わぬ返答に言葉を失いかけたが、レイスはこれ以上の答えは帰ってこないだろうと察した。
「本当に…いや、わかったよ。」
レイスは微笑み。神も同じように微笑み返した。
「じゃあ僕はそろそろ帰ろうかな。」
「あっ。一つ質問いいか?」
レイスは後ろを向いた神を引き止めるように声をかけた。
「なんだい?」
「あんたの名前ってマルスなのか?」
「違うよ。僕はセラだ。あんな奴と一緒にしないでくれよ?じゃあね。レイス…おやすみ。」
その一言でレイスは消え去り、白い世界に一人、セラだけが残った。
「さぁ、マルス。僕らもはじめようか。」
そしてセラもその世界から消え去ったのだった。
賑やかな街の音でレイスは目を覚ました。ベッドに倒れ込むようにして眠ったのでうつ伏せから腕を伸ばし、上体を起こした。まだ眠気の残る目をこすりながら窓の方へ向かうと街にはすでに賑やかな日常が流れていた。
「セラ…ね。」
昨夜の夢での約束のおかげか、もう自分が薄まるあの嫌な感覚を得なくていいと思うと、レイスは少し安堵する。
「お兄さん!起きてるかい?朝ごはんの用意が出来たよ!」
ノックと同時に部屋中に元気な女性の声が響いた。
「はい!今行きます!」
レイスは驚きつつも返答し、身支度をしてから部屋を出た。
昨日、エミリアからもらった報酬のお陰で数日間はここで世話になれるくらいの余裕ができたのでしばらくここを拠点として身の振り方を考えようと思案しながら階段を降りる。階段を降りる最中、下階から広がる匂いにレイスのお腹は刺激され、空腹感に襲われた。
食堂につくと焼かれたパンと目玉焼き、それに簡単なサラダが用意されていた。空腹に焼かれたパンの匂いはさらに空腹感を増幅させるには十分であった。
レイスが手を合わせ「いただきます。」と言ったあとに女主人は陶器のカップをレイスの前に置いた。
「これで目覚ましなよ!」
そのカップの中には見たこともない黒い液体が入っており、香ばしい匂いを湯気に混じらせている。
(食事の知識くらいは入るようにしても良かったな…)
レイスは小さな後悔をした後に口にその飲み物を口に含むと初めての苦みで一気に目が覚めるのを感じた。
「おや?コーヒーは初めてかい?どうだい、大人になった気分だろ?」
女主人はひと笑いし、また厨房に戻って作業を始める。
レイスはゆっくりとカップを置き、朝ごはんに手を付け始めたのだった。コーヒーはまだレイスには早かったようだ。




