26.そして彼は食べた
「さぁ!のむぞー!」
目の前に置かれた木製のジョッキを手に取り、黒髪で短髪の長身の男は勢いよくそれを飲み干した。
「そうそう!この為にハンターやってると言っても過言じゃねぇからな!」
もう一人の深い茶色の巻き毛で筋肉質な男も負けじと飲み干した。二人はエミリアと共にカノープスを立ち上げたハンターで、ロアウルフの襲撃の際の生き残りである。
長身の男がグレイことグレゴリー=ハウマン、筋肉質な男がローグことローガン=スロースとレイスが自己紹介を受けたのは教会からこの大通りの酒場に来る道中であった。
「それにしても散々な一日だったわよ。」
エミリアがジョッキに少し口をつけたあと、愚痴っぽく呟いた。
「まぁまぁ、リーダー。仕事終わりなんだから楽しくいきましょうよ!」
見るからにグレイとローグ、二人のほうがずっと年上だが、リーダーとしてエミリアを立てていることは道中を通りして見て取れる。
「それで、これは?」
レイスはジョッキに注がれている黄色い液体に警戒心を向ける。
「お?お前、それはオレンジジュースに決まってんだろ?まさか酒でも飲むつもりか?やめとけやめとけ、これは大人になってから分かる味だからな。」
(それが…酒?)
レイスはおかわりとして運ばれてきたローグのジョッキに入っている赤い液体を見て訝しんだ。
「あっ!忘れるところだったわ。はいこれ!」
エミリアはジョッキを見つめるレイスに勢いよく小袋をよこした。
「これは?」
「あなたの取り分よ。」
レイスは小袋を開けるとその中には金貨が数枚入っている。
「いやいや!これはもらえないよ。」
「何言ってんのよ。ロアウルフを倒したのはあなたよ。ちゃんと報酬は受け取りなさい。」
レイスはエミリアの勢いに押され、小袋を腰の鞄に入れるしか選択肢がなかった。
「それで、レイスはこのあとどうするんだよ?」
グレゴリーが肉を頬張りながらレイスに尋ねた。
「ああ、今日はこの酒場の二階の宿を取ったからそこに泊まるよ。それで明日からは調べ物したりってとこかな?」
「訓練所はどうするのよ?腕試ししたいんじゃないの?」
エミリアも片手に鳥肉を持ってレイスに問いかけた。
「それも行くさ。ただ…今日魔法に触れて見て、先にそっちを調べてからのほうがいいかなって思ってね。」
「ふーん」とエミリアは納得したような返答を鶏肉にかじりつきながらする。
ーーー本当はそれだけじゃない。
甘かったというべきか、レイスは危機感を覚えていた。
魔法についてはあまりにも自分の想定以上の出来事であった。現地の一般常識を得ることはできても魔法の知識が無いのはこの世界で剣士として生きていくには致命的である。
そして魔獣の存在だ。あんなものがいるなんて聞いていない。今日、生き残れたのは本当に運が良かっただけ。まずはこの世界について調べなければ俺はこの世界で長生きできないだろうとレイスは考えていた。
「それに…魔王についても…」
「ん?魔王?あんたまだ魔王について考えてたの?」
思わず出た心の声をオレンジジュースを飲み干そうとしていたエミリアは聞き逃さなかった。
「いや、魔王についてちゃんと調べたいなって、ほらせっかくの学園都市だからさ!」
レイスは白々しく誤魔化そうとしたが、エミリアはそれ以上詮索することはなかった。
一通り食事が終わった後、会計を済ませ、四人は店を出た。
「何か困ったことがあったらここに来なさい。」
エミリアは自分の腰にある小さなカバンから一枚の紙をレイスに手渡した。
ー【カノープス】北大通20-15 ー
「ありがとう、頼りにさせてもらうよ。」
「今日は助かったぜ!ありがとうな!」
エミリア、ローグ、グレゴリーの三人の影が見えなくなるまで見送った後、レイスは酒場に戻り、カウンターにいた女主人から鍵を受け取った。
「朝ごはんはいるかい?あんたこの街初めてなんだろう?歓迎としてサービスするよ?」
見るからに気前の良さそうな恰幅のいい女主人の提案にレイスは「お願いします」と笑顔で答え2階への階段を登り、自分の部屋へと向かった。
【203】と書かれたドアの前で立ち止まり、鍵を開けてみると見た目より広々とした部屋には一人用のベッドと机が一つに向き合うように椅子が二脚窓際に置かれている。前世にはなかった日用品であるが、彼は違和感なくそれらを受け入れる。
「えっと…ここが確か…」
部屋に入って左手のドアを開けると防水加工された小さな部屋があり、壁の上の方にはジョウロの先のようなものがつけられている。
「これがシャワーってやつか」
荷物を置き、人生初のシャワーを体験したレイスはさっぱりした身体を用意されていたタオルで拭き取ったあと、綺麗に畳まれていた部屋着へと着替えた。
そこで緊張の糸が切れたのか、レイスはベッドに倒れると数秒で意識を失った。
「やぁ、レイス。初日はどうだったかな?」
レイスは気がつくとあの狭間の世界にいたのだった。




