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2.最強対最強

1612年(慶長17年)4月13日


“船島”


 息遣いと時折響く金属音…


 二人の男が剣を交えて、どれほどの時間が経っただろうか。


 お互い体力も、心も限界が近い、そのはずなのに剣を振る鋭さ、技の精密さ…そのすべてがこの戦いを通じて増していく。


 今、この時点、この瞬間に置いては世界最強の剣士は?と聞かれれば、この戦いの勝者だとこの戦いを見届ける者がいればそう答えるだろう。


 こちらが剣を振るえば、あちらはそれに合わせて技をいなし、あちらが剣を振るえばこちらは体捌きで攻撃を避ける。


 一瞬の油断もできないはずなのに、考えなくても相手の行動が読み取れる。それはお互いが同じ剣術を極めた者だからなのか、もしくは相性か…


 命のやり取りをしているのだから楽しいわけではない。なのにお互い口角があがり、笑みがこぼれるのを止められなかった。


 楽しいわけではない。ここで死ねばまだやりたいこともやれなくなる。


 楽しいわけではない。ここで勝たなければ天下に最強を謳うことができないのだから。


ただ…


そう…ただ…


 生き残っても、この先これほど満ち足りた戦いはできないだろう。


 死んだとしても、全力を出したこの戦いで一生を終えられるのだから後悔はしないだろう。


 何度かの打ち合いの中、二人は急に動きを止め、お互いの目を見つめる。


 決闘だ、試合だと言っても所詮しょせんは殺し合い。手加減も峰打ちもない。それでも二人は卑怯な手は使うことはなかった。正々堂々とお互いの磨き上げた剣術をぶつけ合っている。


 疲労困憊のなか、二人は肩を上下させ、息遣いも荒くなる。そしてお互い少し距離を開け、見つめ合った。しかし言葉を交わすこともなく、ただただ沈黙が流れる。すでに戦い始めて数時間は経とうとしていたが、二人には集中を切らせることもなく、ただただ目の前の剣士を斬るという目的のためだけに頭も体も心も動かしている。


「お互い、弟子には困ったもんじゃのう」


 二刀流の剣士が静寂を破り口を開く。先程までの鬼の形相とはうってかわって苦笑いに近い表情を浮かべながら頭をかいている。すると相対する長刀を構えていた剣士も自分の剣を下げつつ応じる。


「ああ、全くだ。剣豪だ何だと言われはするが、俺達もまだまだ人としては未熟だってわけだ。」


「ちげぇねえ!ただ、この戦いをお膳立てしてくれたのは感謝するけどよ。また帰ったら性根から鍛えてやらないとな!」


「悪いが、それができるのは俺の方だ。なんだったらお前の弟子たちも俺が面倒見てやるから未練なんて残さずしっかり成仏してくれよ。」


「お前こそ、化けて寝込みを襲ってきたり…するような奴じゃねえな!」


 さっきまで殺し合っていたのが嘘のように二人は笑い出す。噂でお互いのことは知っていたが顔を合わせるのは今日が初めてであったが、それでも二人はまるで旧知の仲のように息が合い、馬が合い、反りが合った。


「この勝負の後、お前はどうするつもりなんだ?」


 二刀流の剣士は櫂で作った即席の木刀を肩に担ぎつつ問いかけ、長刀を持つ剣士は剣の切先を地面に向ける。


「そうだな。特に考えてないな。剣さえ振れればそれでいいさ。」


「なるほど…その答えを聞いて確信したよ。お前は俺に勝てない。絶対にだ。」


 その言葉を皮切りに二人は再び、お互いの全てをぶつけたのだった。


 長刀の剣士は大きく刀を振り被り全体重を乗せ、上段から打ち下ろす。並の剣士ならその打ち下ろしの速度に対応できず、脳天から真っ二つになっているところである。ただ、相対するのは自分と同じく天下無双と言われる男。ギリギリで避け、さらには打ち下ろしの際に出来る頭への隙を見逃すことなく、そこへ目掛け刀を振り下ろす。


「ここだ!」


 長刀が避けられ、地面に当たるその刹那、手首を返し、打ち上げる。避けられた一撃は意識がこちらの頭に向いている相手にとっては死角から襲ってくる必殺の二撃目へと変わった。


 秘剣燕返しーそれは男が放った必殺の剣になるはずであった。


 上空に舞い上がろうとした燕は二刀流の剣士の驚くべき反射神経により、片方の真剣でいなされ、その体を捉えることはなく、宙を舞った。そしてそれが本当の隙となる。


 ほんの隙とは言えないほどの一瞬の間であった。ただ、その勝敗を分けたのは未来を見ようとした者と今この瞬間だけを見る者の差であった。生きたいと願った剣士の一振りが今この時だけを全力で生きる剣士に届いたのだった。…斬った男は泣き、斬られた男は笑った。


 二刀流の剣士は仰向けになった剣士にゆっくりと近づき、約束を交わした。


「必ずお前の名前を後世に残す。」


「そんなことしなくてもいい…ただ、感謝する。お前こそが最高の剣士だ…」


 そして勝者はその言葉を聞き、その場を去った。残された敗者は空を見つめている。


 それが剣豪、佐々木小次郎の最期の日となった。

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