わたくしは最狂の悪役令嬢
わたくしは、愛されずに育った。
我が国の筆頭公爵家の一人娘として生まれたが、両親は権力や金にしか興味がなく…使用人たちも、わたくしに遜るばかりで愛してくれることはなかった。
そんなわたくしはある日、婚約者として第一王子殿下と引き合わされた。
第一王子殿下のお顔を見た時…わたくしは、わたくしではなくなった。
―…前世の記憶が、蘇ったのだ。
「…わ、わたくし………悪役令嬢に、なってる?」
「どうしたの?大丈夫?」
心配してくれる第一王子殿下に、大丈夫と微笑んだ後少し休みたいと願い出た。
そうすると第一王子殿下はわたくしを部屋まで送り届けて看病までしてくれた。
わたくしは第一王子殿下の優しさに惹かれるのを感じたけれど、そこではっとした。
このまま第一王子殿下を好きになったら、最狂の悪役令嬢になってしまう…そう、ここは前世のわたくしの愛した乙女ゲームの世界でわたくしはその悪役令嬢に転生したのだから。
「第一王子殿下、どうかわたくしに優しくしないでくださいませ。甘えてしまいますわ」
「具合が悪い時くらい、甘えていいんだよ」
ああ、いけない。
いけないと思うのに…それでも、愛に飢えたわたくしはあなたに惹かれてしまう。
せめてもの抵抗に、わたくしはツンケンした態度を取り続けたが…第一王子殿下は、そんなわたくしを甘やかし続けた。
第一王子殿下に惹かれるのを抑えきれないなら、せめて悪役令嬢ルートを回避する別の方法を考えようとわたくしは考えた。
―…ヒロインより先に魔王を倒して、わたくしが聖女になってしまえばいいんだわ。
そう考えたわたくしは必死に自己鍛錬を重ねて、ゲームの中の最狂悪役令嬢であった『わたくし』よりもっと強くなった。
そしてヒロインが聖女として見出される前…魔王復活直前に、魔王の眠る墓所へと赴き復活直後の魔王とその配下の魔人たちを殲滅した。
あわや大惨事…けれどその前にわたくしが魔王を葬ったことで、世界は救われた。
わたくしは見事聖女として教会に認められて、真に聖なる力を宿すヒロインが見出されることはなくなった。
―…はずだった。
「真なる聖女を見つけたから、わたくしとの婚約は白紙撤回する…?」
「そうだ。たしかに君の魔王を倒した功績はすごいものだが、父上の病気を癒してくれた彼女に僕は報いたい。だから彼女を聖女として教会に認定させることにした。そして彼女と結婚することにした。君は偽聖女として国外に追放する」
「なにを仰っているか…わかってますの?わたくしは魔王を倒した聖女ですのよ?偽聖女だなんて…」
「うるさい。僕は彼女に恋をしてしまったんだ!君は邪魔なんだよ!消えてくれ!」
聖女は、国王陛下が病に臥せった際に見出されたらしい。
彼は彼女を愛したらしい。
その結果わたくしは、偽聖女の汚名を着せられるらしい。
―…ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
「いいですわ。婚約の白紙撤回も、偽聖女という悪名も甘んじて受け入れますわ。だってわたくし、元々そういう役回りですものね」
「…あ、ご、ごめん……!君だけを悪者にして幸せになろうなんて虫のいい話だとわかってはいるんだ!逆ギレして本当にごめん。でも、どうしても…彼女と幸せになりたくて…」
「ですから、もういいですわ」
乙女ゲームの世界の『わたくし』はそれでも彼を愛して、彼を手に入れるため魔王と組んだ。
でもこの世界のわたくしは違う。
そもそも魔王はこの手で一人で討ち取ったし、手を組む相手はいない。
そして、彼への恋心はここで死んだ。
もうわたくしは、彼を愛してはいない。
「国外に追放するのでしたわよね。でしたらわたくし、今すぐ転移魔術で国を出ますわ。家族にはよろしくお伝えくださいませ」
「え、あ、え、いいの?」
「ええ、さようなら」
「あ、え、まっ…て、身の回りの準備とかする時間くらいは…」
「いりませんわ」
わたくしは転移魔術で、わたくしが倒した魔王の墓所に向かった。
魔王の墓所。
ここには魔王が眠る。
彼は今後一千年は目覚めないだろう。
わたくしが完膚なきまでに打ちのめしたから。
「でも…その膨大な魔素は利用させていただきますわよ」
彼の死体から漏れ出る魔素。
魔素が貯まり切れば魔王は復活する。
だから今、わたくしが魔王の死体の魔素を『有効活用』して差し上げれば…それは魔王復活のカウントダウンを遅くすることになり、結果的に世界を救うことになる。
だからわたくしがこの魔素を『有効活用』するのは、未来を生きる人々の為にもなるのだ。
…という言い訳を用意して、わたくしは魔術を発動した。
「さようなら、わたくしを愛してくれなかった家族。さようなら、わたくしを裏切った王太子殿下」
『魔素』を『有効活用』して、【一撃で周囲を焼け野原にする魔術】を『祖国に』ぶっ放した。
魔王の死体の魔素は綺麗さっぱり無くなった。
これで未来を生きる人類は二千年は魔王に怯えなくて済む。
いやぁ、良いことをした。
たかだか『国一つ』で世界平和を長続きさせたのだから。
「さて、これで王族も貴族も平民も商人もいなくなったでしょう。つまり国外追放処分はもう無意味よね?『祖国』に帰りましょう」
わたくしは、祖国に戻った。
「―…酷い有様」
焼けた土地。
建物の残骸や死骸すらどこにも残っていない。
魔術で探したが、世界中のどこにも。
国王陛下も王妃殿下も、王太子殿下も真なる聖女も、もうどこにもいない。
わたくしの、勝ち。
「さて、ではわたくしはどうしましょうかしら」
魔王を倒した聖女。
魔王の魔素を奪って復活を先延ばしさせた聖女。
わたくしは、国一つを生贄に世界を救った聖女よ。
そして、恋が摘まれたからといって祖国を『滅ぼした』…【最狂の悪役令嬢】。
なら、どう生きるのが相応しいかしら。
「そうねぇ…新たに【聖女の興した国】でも作りましょうか」
わたくしが魔王を倒したことは世界中に知れ渡っている。
わたくしが偽聖女扱いを受けたことも世界中に知れ渡っているだろう。
だからこういう筋書きにするのだ。
【真なる聖女を偽聖女として貶めた国に神罰が降った】
【これ以降はこの焼けた土地を聖女が守っていく】
【ここはこれより、聖女の国だ】
うん、完璧ね。
―…我が祖国に起こった『悲劇』から、二十年が経った。
わたくしは三十八歳のおばさんとなった。
そして、『我が国』を守護する『聖女兼女王』となった。
最初は大変だった。
各国にわたくしがこの『焼けた土地』を守護することを認めさせたこと、わたくしが『聖女兼女王』となることを認めさせたこと…そのあたりは割と楽だったのだが、焼けた土地を回復させたり建物を新たに建築したり、『国民』となる人々を集めたりが本当に大変で。
焼けた土地にわざわざ住みたい人はいないし、焼けた土地の回復には本来何百年もかかるし、焼けた土地には建物も建たないし。
だからまず、土地の回復から始めた。
元々わたくしの得意魔術は土魔術。
少しずつ土壌を魔術で変えて、国内一帯を普通の土地にするのに十年かかった。
その間は【聖女】を崇める他国の王族からの支援で、衣食住はなんとかなったけれど。
魔王を倒した功績は、それだけ大きかったのだ。
そして十年が経ちようやく土地が回復すると、次の十年で建物を建てまくった。
これも他国の王族からの金銭的支援ありきだったが…感謝してもし足りない。
あちら曰く、魔王討伐のお礼だそうだから有り難く受け取っておくが。
そして建物が建てられていく中で、少しずつ住民も増やした。
住民は、多くがわたくしを支援してくれた他国の王族のところから来た棄民たち。
―…なるほど、どうやら単に魔王討伐のお礼をしたかっただけでなく手に余る棄民を押し付けたかったらしい。
だが意外や意外に、棄民たちはわたくしの支援で衣食住を確保すると真面目に農業に従事したり、真面目に商売を始めたり、割とまともな国民になってくれた。
そして今。
わたくしは【わたくしの国】を上手く回せるようになった。
みんなが幸せそうに笑う、いい国になったと思う。
【棄民たちの国】とは思えないほど、優しい国になった。
わたくしが起こした『悲劇』なんて、まるでなかったかのように。
「聖女王陛下、また過去を思い出していたのですか?」
「ええ、悲しい悲劇だったから」
あそこまでする必要はなかっただろうと言う人は多いだろう。
報復としてはやり過ぎだと。
けれど、わたくしは【最狂の悪役令嬢】。
今の今まで勝手にわたくしを甘やかしておいて、好きな人が出来たらポイ捨てするような王太子を許せなかった。
王太子の大事なもの…即ち祖国の全てを壊す以外の選択肢を、わたくしは持たなかった。
でも、無辜の民を大量虐殺したのは事実。
言い訳する気はない。
わたくしは、わたくしのために全てを壊した。
その分、未来に生きる人々を魔王復活の恐怖から救ってはいるけれど。
「わたくしは、罪深いわね…」
「聖女王陛下の祖国に関しては仕方がありません。他ならぬ聖女王陛下を貶めたのですから」
「それは…」
真なる聖女が現れたからと、わたくしを捨てた教会と国。
わたくしに偽聖女の汚名を着せた教会と国。
わたくしはその裏切りを許せなかった。
けれどきっちり報復し新たな国を興した今、わたくしはようやくそれを許せるようになった。
だからこそ、わたくしの報復の重さを今、自覚している。
でも、反省も後悔もしていない。
裏切られたのだから、報復は当然だ。
犠牲となった他の無辜の民には、申し訳ないけれど。
せめて苦しむことなく一瞬で終われたのはマシだったと思いたい。
「聖女王陛下、それよりも…そろそろ年齢も年齢なのですから、ご結婚を考えなくては」
「すごいはっきり言うわね、貴方」
「ええ、聖女王陛下の腹心の部下を自負しておりますので」
目の前の男は、わたくしが国を興したあと一番に国民になった男。
わたくしに大恩があるからと、非常によく尽くしてくれる。
「わたくし、結婚ってしたくないのよね…」
「お世継ぎはどうするのです。今ではこの国は立派な独立国家なのですよ」
「お世継ぎねぇ…いっそ貴方がわたくしと結婚する?」
冗談めかして粉をかけたら、意外な反応が返ってきた。
「え、え、え、いいのですか!?聖女王陛下の伴侶となって!??嬉しいですけど、嬉しいですけどいいんですか!?」
「…あら、そんなに喜ぶこと?」
「もちろんです!」
ということで、冗談のつもりだったがわたくしに密かに想いを寄せていたらしい腹心の部下と結婚することになった。
わたくしも、この十年の歳月の中で唯一心を開くようになった本当に本当の腹心の部下なので満更でもない。
人生何が起きるかわからないものだ。
とりあえずわたくしは、この男を一生裏切らず大事にしようと誓った。
ほぼ復讐劇!!!
でもやっぱりハッピーエンドに持って行きたくて御都合主義発動。
復讐とはいえやりすぎ感は満載ですが、まあ過剰な報復を書きたかったので…うん。
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