悪役令嬢は死ぬことにした
「僕を信じて、リナ。僕は君のナイトでありたいと思う。この気持ちは絶対に変わらないから」
ヒロインであるソフィーに攻略される前の、優しかったレイモンドの声が聞こえる。
「この言葉、嘘偽りのない僕の本心だ。忘れないで、絶対に」
「レイ……」
忘れてなどいなかった。
でもレイモンドは変わってしまったのだ。
その言葉を伝えてくれた時。それは本当に彼の本音だったのだろう。しかし人の心は移ろうもの。そしてここは王太子がヒロインに攻略されるルート。
レイモンドの心の誓いがどんなに強いものでも。
ダメなのだ。
レイモンドはヒロインに攻略されてしまった。
◇
突然、崩れ落ちた公爵令嬢。
会場は何が起きたのかと騒然となる。
倒れた公爵令嬢の様子を確認したのは、隣国の皇太子だった。
一番彼女の近くにいたのだから、それは当然のこと。
「ジョーンズ公爵令嬢、どうされましたか!?」
皇太子はまず貧血を疑った。
令嬢はドレスを着るため、自身の体を締め付けるような下着を身に着ける。
時にそのせいで気絶することもあるからだ。
その一方で、不自然に転がる小瓶を見て何かを悟った。
震える手で公爵令嬢の鼻と口、そして手首に触れ、心臓に耳を近づける。
「息を……していない。脈も……ない。鼓動も……聞こえない」
皇太子はすぐに医師を呼ぶようにと叫ぶ。
目の前で人が命を絶った。
ショックを受け、気絶する令嬢。
令息は青ざめ、どうしたらいいのかと凍りつく。
「まさか、どうして!? こんな、こんなことに……ジョーンズ公爵令嬢は私の屋敷へ連れ帰ります! 彼女をここまで追い詰めたのは、誰だと思っているんです!? 君に彼女に触れる資格なんてない!」
令嬢令息をかき分け走り寄る王太子に、皇太子が叫んだ。
「リナは王宮に戻りたいと言っていたのです! みんなのことが恋しいと! 連れて帰ります、王宮に! そこがリナの帰る場所なんです」
怒鳴り合う声。
すすり泣きが響き、騒然となる人々の中で、彼女だけが無音の世界にいた。
すべては終わったのだ。
公爵令嬢は、婚約破棄と断罪を強いる乙女ゲームの世界にウンザリしてしまった。
シナリオの強制力。
見えざるゲームの世界の抑止の力。
ヒロインが持つラッキー設定。
愛する人の離れていく心。
愛する人を奪われる悲しみ。
既に大切な物は燃えてなくなり、彼女に残されたのは、楽しかった日々の思い出だけ。
思い出はいくら色褪せなくても。
いや、色褪せないからこそ。
過去と現在が対比され、大切だったはずの思い出さえ、彼女の心を苦しめてしまったのかもしれない。
それでも彼女は最期の瞬間まで、運命に抗おうとした。
彼女だけができる、彼女にしかできない、最期の反逆を試みたのだ。
そう、悪役令嬢は死ぬことにした──。
その時。
誰も止めることは出来なかった。
そんな行動を取るなんて。
そんな物を密かに持ち歩いていたなんて。
誰も、想像すらしていなかったのだから。
シナリオの強制力や抑止の力でさえ、彼女を止められなかった。ヒロインのような恵まれた設定を持たない悪役令嬢。それらを嘲笑うかのように、悪役令嬢は、身をもって究極のざまぁを遂行した。
最期は彼女の手のひらの上で、全てが終わった。
お読みいただき、ありがとうございます!
タイトル回収話でした。空白の余韻はあの曲で!
次話は明日の12時頃公開予定です。
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なお、次話は物語の展開上、空白行があり、通常より短くなっています。
そして本作はハッピーエンドです!