冬の切ない恋
「お嬢様。人前での緊張を和らげる薬、手に入りましたよ」
「ありがとう。これで今日の合唱の場では緊張せずに歌うことができるわ」
「はい。お嬢様は美声です。緊張せず、声を出すことができれば、皆さん、魅了されるはずです」
それが劇毒であるとは知らない侍女は、ロダンが作った劇毒の入った小瓶を私に渡してくれる。ひとまず制服のポケットにしまい、私は学園へと向かう。
卒業式の後に行われる舞踏会での、婚約破棄と断罪ではなくなった。だが今日のカウントダウンのチャリティーコンサートが行われるのは、ホワイトホール。婚約破棄と断罪が行われる舞台の場所は変わらず──だった。
ブラウスに合わせた、明るいグレーとピンクのチェック柄のワンピース。その上にピンク色のボレロを羽織り、さらに白いファーのついた、明るいグレーのフード付きのロングケープ。
この制服を着るのもこれが最期なんだ。
「ジョーンズ公爵令嬢、大丈夫ですか?」
馬車の対面の席には、学園指定の紺色のダッフルコートを着たキルリル皇太子が、その長い脚を組み、座っている。
王宮の火災以降の、当たり前の日常の一コマ。
それはキルリル皇太子と学園へ向かう馬車であるが……。
しかしこれも今日限りだ。
「ええ。大丈夫です。今日、婚約破棄と断罪がある。もしそれが本当に行われるとしても、キルリル皇太子がいるのです。不安はありません」
「安心してください。必ず私が守ります」
「ありがとうございます。……ただ、両国が戦争になるようなことは望みません。アンジェリーナ王女やマークには幸せになってもらいたいので……」
そこでキルリル皇太子は、秀麗な笑みを、その美貌の顔に浮かべる。
「分かっていますよ。そこは穏便にしましょう」
本当は事前に情報を得ているから、王家にレイモンドとソフィーの発言を問うこともできた。しかし二人がしらを切ったらそれまでとなる。
逆にソフィーが悪知恵を働かせ「そんな濡れ衣を着せるなんて。ジョーンズ公爵令嬢こそ、キルリル皇太子殿下とはどういう関係なんですか!? 二人で結託して。なんだか怪しくないですか!」なんて言い出す可能性があった。
前世のように不審な会話を録画・録音することもできない。しかもここは魔法があるような世界ではない。魔法がある世界だったら、ご都合アイテムが突如登場し、二人の陰謀を録音していました!となるが、それはない。そして相手は王族。明確な証拠をなくして嫌疑をかけたところで、侮辱罪を問われたら、元も子もない。
ゆえに事前には動けなかった。当日、レイモンドとソフィーが動いたら、キルリル皇太子も動く手筈になっていたが――。
キルリル皇太子が動くことはない。
その前に私が決着をつける。
こうして馬車は王立アルデバラン学園の正門を潜り抜けた。
◇
大勢の前で何かをすること。
いつかは国王になるレイモンドの横に立つ王妃となるために、五歳の時以来、人前で行動することに慣れてきた。
今、ホールにいるのは王立アルデバラン学園の生徒と父兄、そしてチャリティーコンサートのチケットを買ってくれた貴族達。半分は知っている人々。他国の大使ばかりがズラリではない。そこまで緊張するほどのものではない。
そう分かっていても。
手に汗をかいている。
それは……死へのカウントダウンもスタートしているから……?
明日のこの時間、私はもうこの世界にいない――その緊張感で手に汗をかいてしまうのか。
「王太子殿下~、緊張しちゃいます~」
「目でもつむったら?」
「えー、それじゃ楽譜が見れません~」
「どうせ読んでいないんだろう?」
ソフィーとレイモンドの軽口が聞こえる。
レイモンドがあんな風に気軽に話すなんて。
礼儀正しい彼は「緊張しています」と言えば……。
「そうか。まだ時間があるから、外を軽く散歩でもする? あとは定番だけど、深呼吸が効くと思う。でも一番は、自信を持つことかな。リナはいつもちゃんと練習している。練習の時はいつも上手くいっているだろう? 今回も大丈夫。絶対に上手くいくと、自分を信じてあげて。それに僕がそばいる。だから不安になる必要はないよ」
そんな風にアドバイスをするはず。
いや、私は幼い頃、まさにそうアドバイスしてもらった。
「目でもつむったら?」なんて冗談、言うとは思わなかったのだ。
「ジョーンズ公爵令嬢、そろそろ移動しましょうか」
「そうですね、キルリル皇太子殿下」
カウントダウンのチャリティーコンサート。
第一部の合唱の披露は、一年生、二年生、三年生の順番で行われる。さらに一年生は、C組、B組、A組の順番で披露となっていた。
開会式が終わり、すぐにC組の合唱が披露され、彼らが撤退すると同時に、B組が舞台へと移動。B組がいたスペースへ、A組が移動となる。
ちょうどA組の生徒がウェイティングスペースへ到着したところで、B組の合唱がスタート。
B組の合唱曲は、冬の切ない恋を描いた曲だった。
同じ景色を見ているはずだった二人が、いつの間にかすれ違っていく。少しずつ出来て行く距離を、どうすることもできない。やがて別々の道を歩むことになっても。雪が降る空を見上げると、あなたのことを思い出してしまう――。
それはまるでレイモンドと私のことのようだ。
もう取り返しのつかないところまで来ているのに。あの頃に戻りたいと、泣き叫びたい気持ちになっていた。
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