約束を取り付ける
自分のための薬が欲しい。その理由を私は打ち明けることになる。
「二人は自分たちが結ばれるため、手段を選ばないと思います。私と婚約破棄し、罪を被せるためなら、何でもするかと。それができる立場の二人なんです。私の大切な家族に手を出すかもしれません」
「まさかお嬢さんは……」
「毒薬を作ってください。私が飲む毒薬です。一思いに逝けるような、劇毒をお願いします」
これにはさすがに驚き、言葉が出ないようだ。
「誰かを不幸にするための毒薬を求めているわけではありません。ある意味、自分を守るための毒薬なんです」
「濡れ衣を着せようとするその令息や令嬢に飲ませる毒薬ではなく、自分が飲むのか……?」
「もしも二人にそんな毒薬を飲ませたら、私だけではなく、家族まで罰を受けることになります」
しばらくの沈黙。
こんな依頼、受けたことがないのだろう。
でも引き受けてもらわないと困る。
毒薬。
簡単に手に入りそうだが、裏社会を使わずに手に入れるのは難しいのだ。
私は畳み掛けることにした。
「死が救いになること、修道士をされていたなら、理解出来るのでは? 貧しい少女が非道な貴族に買われる。そこで自身の身を守るために毒薬を求めたら……? 治らない病で苦しむ青年が安らかな死を願う。そして毒薬を求める。そんな時、ロダン様ならどうされますか?」
この世界は不条理なことが、まだまかり通る。
前世のように、世の中全ての人が平等で法に守られているわけではない。そして前世でもその議論が続く尊厳死の問題。それを元修道士であるロダンに突きつけるのは過酷ではあるが、仕方ない。
「お嬢さんが言いたいことはよく分かった。死が救いになる。それを否定は出来ない。そんな世の中でなくなることを口にするのは偽善者だ。現実では難しい問題。できれば天寿を全うすることが一番だ。だがいわれのない罪を着せられ、死から逃れられないのなら……。劇毒を求める気持ちは理解できる」
そこでロダンは自身のマグカップのブラックティーを口に運ぶ。
「他に手はないのか? 家族と共に亡命するとか。その悪どい令息と令嬢の手が届かない場所へ逃げることはできないのか?」
「そうですね。それが出来ないと答えたら、私との婚約破棄を願い、断罪を願う令息と令嬢が、どんな人物なのか。分かってしまいそうで断言は出来ません。ですが、私とその家族が逃げ切るのは難しい相手です」
ロダンは頭をフル稼働させ、私を排斥したいと考えている相手に思い至ったようだ。
「そんなことが」
「お願いします。こんなことを頼めるのはロダン様しかいません! 劇毒との受け取りと引き換えで、私の身分が分かるものを渡します。決して調合してもらった毒薬を他者に使ったりはしません」
するとロダンは大きなため息と共にこんなことを言う。
「修道院では大勢の人と会い、沢山の嘘と真実を見てきた。人が嘘を語っているのか。真実を語っているのか。それを見分けること。自分はいつしか出来るようになっていた」
そこでロダンが皮肉な笑みを浮かべる理由。
それは理解出来る。
人間誰しも真実を全て知ることが幸せではない。
知らないでいい真実を知り、苦しむこともある。
全てを知ってしまったからこそ、ロダンは修道院を飛び出すことになった。もしも全てを知らなければ、その人生は変わっていたかもしれない。
「こんな真実知りたくなかった……と思うことは今でもある。だが知ってしまったら、知らなかったことには出来ない。しかし自分ごときではどうにも出来ない。苦い経験だ」
ゆっくり目を閉じ、大きく息を吐くと、ロダンは再び口を開く。
「ともかく自分は、真実と嘘を見抜くことができる。お嬢さんは自分の身分を今、明かさないために伏せていることもあるだろう。だが毒薬は自分のために使うこと。自分を貶める令嬢と令息から逃げられないこと。これは真実だ。少なくともそうだと信じているから、劇毒を求めた」
私はロダンの深みのあるモスグリーンの瞳をじっと見る。彼も私を見つめ、そして――。
「分かった。毒薬を……劇毒を用意しよう。苦い毒では、途中で嘔吐するかもしれない。そうなったら実に無様な姿になるはずだ。そうならないよう、甘い劇毒を用意すると約束する」
こうして私は、ロダンに約束を取り付けることができた。ひと思いであの世に行ける劇毒を作ってもらう約束を。
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次話は18時頃公開予定です~
ちなみに次話以降のバックミュージックは、中島美嘉さんの『雪の華』がおススメ! 校正をしていた時に、たまたまこの曲を聴きながら作業をしたら、その歌詞に描かれる二人がリナとレイに思えてしまい……!






















































