薔薇を
十一月は怒涛の勢いで流れていく。
正直、ソフィーとレイモンドの交際がスタートしていようが、気にしていられないほど、忙しい。
もし二人が交際していても、デートできる時間はないと言えるぐらい、みんな忙しかったと思う。
宿題に追われ、試験対策をして、カウントダウンのチャリティーコンサートの準備と練習の日々だった。
そんな日々の中、キルリル皇太子は出会ってから変わることなく、いつも笑顔で私のそばにいてくれた。
忙しさに加え、キルリル皇太子がいてくれたこと。そのおかげで私は、ソフィーとレイモンドの件で、悲しみに沈まずに済んでいた。
「ようやく期末試験が終わりましたね」
「はい。もう怒涛の勢いでした」
キルリル皇太子と顔を見合わせ、そんな感想を漏らす中、ソフィーもレイモンドに甘えるような声で「殿下~、もう本当に大変でしたぁ~! 最後まで頑張った私のことぉ、褒めてください~」なんて言っている。
レイモンドがどんな反応をするのか。
見たくなかった。
「ジョーンズ公爵令嬢!」
急に席を立った私の後ろを、キルリル皇太子が追う。
「今日はこの後、合唱の練習がありますよね!?」
「……そうですね。でも開始時刻まで、時間はまだあります」
「何か用事でも?」
「……薔薇を……中庭に咲いている薔薇を見たいんです……」
もう薔薇の季節は終わっている。中庭に行っても秋薔薇は……咲いていないだろう。でも咄嗟に思いついたのが「薔薇を見たい」だった。
試験で頭が疲れていたのかもしれない。
「薔薇……そうですか。では私も一緒に行きます」
「えっ……」
「今のジョーンズ公爵令嬢は、どこかへ消えてしまいそうな顔をされています。とても放っておくことなどできません。『来ないで』と言われても、ここはお供します」
これには驚きだったけれど、アイスブルーの瞳に強い意志を宿したキルリル皇太子にそう言われてしまうと「結構です!」とは言えない。
「……分かりました。では行きましょう」
こうして中庭に向かうと、外は陽射しがあるとはいえ、寒い。そして薔薇園はすっかり冬の景色。つまり咲いている薔薇などない。
「おや。これは……南にある謎多き国で見つかったというポインセチアですね。冬のこの季節でもこんなに鮮やかな姿を見せているとは……」
キルリル皇太子は薔薇がないことを気にせず、目についたポインセチアについて話しだす。
彼の優しさに触れることで、レイモンドとの距離が際立ってしまう。日曜日の大聖堂での祈りの後のブランチ。そこでしか会話することがないレイモンド。
キルリル皇太子の優しさ。
レイモンドのよそよそしさ。
その大きな違いに私は思わず涙ぐむ。
どこかレイモンドを彷彿させるキルリル皇太子の優しい振る舞いに、すがりたくなる自分がいた。
「もう! 王太子殿下! どうしたんですか、急に中庭になんか向かってぇ~」
ソフィーの声が聞こえ、しかもレイモンドもそこにいる。私は思わずキルリル皇太子の腕を引っ張り、女神像のオブジェの陰に隠れてしまう。
「別に……。ちょっと気になっただけだよ」
「もうっ。そんなつれない言い方!」
甘えるようなソフィーの声に、心臓が嫌な鼓動を立てる。
「合唱の練習があるんですよぉ~。戻りましょう、殿下!」
「……少し一人になりたいな」
「どうしてですか~? 私と一緒にいましょうよ、殿下~」
「いや、一人に」
「いやです~、殿下ぁ~」
イチャイチャするカップルの戯言を、しかもソフィーとレイモンドの戯言を聞くなんて!
「僕はここにいる。まだ時間があるから」
「もう。殿下は頑固ですね!」
どうやら二人はガゼボ(東屋)のベンチに腰を下ろしたようだ。そのガゼボは中庭を見渡す位置にある。そこにいられては校舎に戻れない。
仕方なく、この場で待機となった。
キルリル皇太子も、イチャイチャする二人の前に出て行くのは気が引けるようで、私と一緒に女神像の陰でじっとしている。
「カウントダウン・チャリティーコンサートのパーティー。君をエスコートする件だけど……。明日の日曜日。リナも同席するブランチがある。そこで話をつけるつもりだ」
「まあ、殿下♡ ありがとうございます」
「約束通り、そのパーティーで婚約破棄を行う。そして君が言っていた件も……追及しよう」
「遂にジョーンズ公爵令嬢の断罪を決意されたのですね! 良かったですわ!」
ガクンと膝から力が抜け、私は崩れ落ちそうそうになる。その体を支えてくれたのは、キルリル皇太子だ。そして彼は軽々とそのまま私を抱き上げる。
「!」
「静かに。抜け道があります」
押し殺した声で、キルリル皇太子が告げた。そして私を抱き上げていないような早歩きで、移動を開始する。
抜け道を知っているのは、やはり有事に備え、調べておいたということだろう。
庭師の小屋を経由し、校舎内へと戻っていた。
「ジョーンズ公爵令嬢。君が言っていた『大切なものを奪われようと、我慢しています。だから命まではとらないで欲しい。生かして欲しい。生きたい──それだけです』この言葉の意味が、よく分かりました。レイモンド王太子殿下は……あの悪魔のような男爵令嬢に心を操られている……」
そう言うとキルリル皇太子は、そのアイスブルーの瞳に怒りの炎を宿す。
「まさかあの聡明なレイモンド王太子殿下が篭絡されるなんて……。カウントダウン・チャリティーコンサートのパーティーで、男爵令嬢をエスコートする? 婚約破棄を行う? しかも何らかの罪で君を断罪しようとしているなんて……!」
「キルリル皇太子殿下……」
「私の誓い、覚えていますか? 『レイモンド王太子殿下は、君を守ると誓っていました。ですがもしその誓いが破られることがあるなら。その時は私がジョーンズ公爵令嬢を守る剣となります。たとえ相手がこの国の獅子の子であろうと。私は君を守ると誓います』と言ったことを」
公爵令嬢である私が死の恐怖を感じていた。王太子の婚約者でもある私に、死の恐怖を植え付けることができるのは、王族のみ――そうキルリル皇太子は考えたようだ。
だからこそ彼は、万が一にもレイモンドが裏切ることがあれば、自身が剣となり私を守ると誓ってくれていたのだ。
そう。
この国の獅子の子……。王家の紋章にはライオンが描かれている。ライオン=国王陛下、その子=王太子であるレイモンドのことを指していた。
いざとなれば、レイモンドと敵対しても構わないと宣言していたのだ。
「まさかこんなことで誓いを守る日が来るなんて……。ですが安心してください。ジョーンズ公爵令嬢は一人ではないのです。私が必ず、守ります」
キルリル皇太子が私の手を取り、甲へとキスをした。
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