想像してはいけない
動いて、私の足!
そう願うが足は動かない。
それどころか知覚が研ぎ澄まされている気がする。
「だからこの言葉を伝えたら、私のこと、抱きしめてくださいね!」
想像してはいけない。
レイモンドがソフィーを抱きしめる姿を。
でもそれは無理なこと。
だって前世でプレイしたゲームの中で、レイモンドがソフィーを抱きしめる描写、それは何度となく登場しているのだ。抱きしめる……以上のシーンだってあった。
それが今……。
「……なるほど。いいよ。その言葉、待っていたからね」
「ふふ。喜んでくださいね、殿下」
レイモンドがフッと笑った気配。
サラサラのブロンドが揺れ、碧い瞳は煌めき、えくぼがうっすらと浮かぶ様子が目に浮かぶ。
「レイモンド王太子殿下」
ピンクブロンドに、明るいピンク色の瞳のソフィー。愛らしい、この世界のヒロイン。両手を後ろに揃え、レイモンドの顔を覗き込むようにする姿が、脳裏をよぎる。
何度も、ゲームで見た場面だ。
「私、王太子殿下のこと、大好きです!」
その一言が「よーいドン」の合図だったかのように。私は階段を全速力で駆け上がった。
息が切れる。
新たに仕立て直したハイウエストの制服のスカートが、大きく乱れていた。しかしそれを気にして立ち止まることなく、一気に四階まで階段を駆け上がる。
さらに勢いのままで、3年C組に飛び込む。
三学年合同の、ボランティア委員による打ち合わせ。二十名近い生徒が、驚きで私を一斉に見る。
「ジョーンズ公爵令嬢、何かありましたか!?」
キルリル皇太子が驚愕の表情で席を立ち、私に駆け寄った。
◇
ゲームのシナリオ通りの展開。
ソフィーは攻略対象であるレイモンドに、遂に告白をした。告白をされたレイモンドに「ノー」の選択肢はないはずだ。
告白直前にレイモンド自身が「……なるほど。いいよ。その言葉、待っていたからね」と言っていたのだから。
告白を受け、レイモンドは約束通り、ソフィーを抱きしめたはず。
爽やかなあのグレープフルーツの香りを感じながら、レイモンドに抱きしめられたソフィーはきっと。自らの腕を伸ばし、レイモンドの背中に腕を回し、力を込めただろう。そんなソフィーをさらにレイモンドは強く抱きしめ……。
「お嬢様、大丈夫ですか? どこか体の具合でも」
「平気よ。少し疲れただけ。ごめんなさい。ナイトティーは残すわ。もう休むわね」
カチャリと音を立て、ソーサーにカップを戻し、テーブルに置くと、私はソファから立ち上がった。するとそこにノックの音が聞こえる。
「キルリル皇太子殿下です。もし会いたくなければ、無理に会わないでいいそうですが……」
キルリル皇太子は礼儀を大切にするので、こんな時間に私の部屋を訪ねたことはない。それを破ってまで訪ねてくれたのは……私の様子を心配したからだろう。
勢いのままで扉を開け、3年C組に飛び込んだ私は、キルリル皇太子に肩を支えられ、激しく呼吸を繰り返しながら、席に着いた。
みんなは打ち合わせに遅刻しないよう、猛ダッシュでやって来たのだと思い、「まだ開始時刻ではないから大丈夫ですよ」と励ましてくれたが……。
私は「お、驚かせ……て、しま……い、すみ……ません」と息も絶え絶えで答えることになった。
キルリル皇太子は「無理に話さず、今は呼吸を落ち着かせてください」と言い、背中をさすってくれた。その後、呼吸は元に戻ったが、私は虚ろだった。
カウントダウンのチャリティーコンサートは人気のイベントなので、委員をする生徒は積極的に意見を出す。
キルリル皇太子もいくつか提案をしているが、私はただ聞いているばかり。
心の中にぽっかり穴が開き、そこから気力がどんどん流れ出てしまっているように感じる。
気付けば二時間近い打ち合わせは終わり、多くのことが決定し、出席した委員の生徒達は、高揚した様子で部屋を出て行く。
「楽しみだわ、今年のカウントダウンのチャリティーコンサート!」
「きっと素敵なものにになるわね」
生徒達が続々退出する様子を眺めていると、キルリル皇太子に声を掛けられる。
「私達も帰りましょう、ジョーンズ公爵令嬢」
そう私に声を掛けると、キルリル皇太子はそっと私に手を貸し、席から立つのをサポートしてくれる。その後は私をエスコートするが、何か聞き出そうとはしない。
ぽつり、ぽつりとチャリティーコンサートのことや、次の試験のことを口にするが、決して私に「何があったのですか?」と問い詰めることはなかった。そして帰宅した後も。
私を一人にしてくれた。夕食の席で私が無口でも気にすることなく、「この料理、お口に合いますか?」といつもと変わらない声がけをしてくれる。
結局、私は何も話さないで、部屋に戻り、ただ機械的に体を動かし、寝る準備を整えたのだ。
そこへ突然やって来たキルリル皇太子。
何も言わず、見守ろうと決めたが、きっと限界だったのだろう。
「皇太子殿下をお通ししてください」
私の言葉に「かしこまりました」とメイドが応じた。
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