光と影
アンジェリーナ王女とマークの婚約は、内々で話が進められ、おそらくは半年後。
正式な婚約に至る。
既にお互いを知っている間柄ではあるが、王女と貴族令息の結婚。よくあるケースというわけではない。
他国へ嫁ぐことも多い王女が、国内貴族と婚約するということで、いろいろな根回しも必要だった。
つまりはいろいろな準備に半年かかるということ。ただ、これがもしマークではない別の貴族だったら、年単位で交渉期間がかかると思う。
国王陛下が既に許可をしているからこその半年。それまでにマークは火傷から回復し、手の手術を終え、リハビリもできているだろう。
学園に顔を出すことは難しく、自宅療養で自宅学習が続くことになるが、地頭のいいマークならきっと大丈夫。そして婚約が発表となる頃には。元気になったマークとアンジェリーナ王女の笑顔が、新聞の一面を飾るはずだ。そんなアンジェリーナ王女の嬉しいニュースを耳にする一方で、私の方は……。
十年以上。
毎朝、レイモンドと朝食を摂っていた。もちろん、その席には国王陛下夫妻やアンジェリーナ王女もいる。
五歳から王宮で暮らし始めた私にとって、実の家族より、王族と過ごした時間の方が長かった。
もう一つの家族。
間違いなく、そうなっていた。その家族と離れ、キルリル皇太子との毎日の朝食。それが当たり前になり、違和感を覚えないことに……悲しいなどと思ってはならない。
これはまだ序の口なのだから。
もっと大きな悲しみがこの後、やってくるのだ。
今から泣いていては、身が持たない。
教室へ行くと、ソフィーとレイモンドが一緒に並んで座っているのが、当たり前の光景になった。ソフィーは「王太子殿下と私は学級委員なので。それにライト様を応援する活動は続いていますので!」という名目で、レイモンドの隣に居座った。
マークのためにキルリル皇太子が手配してくれたノースアイスランド帝国からやってきた医師、国王陛下が編成した医療チームが既に動いている。ソフィーが言う活動に、もはや名医を探すは含まれていない。活動のメインは、定期的にお見舞いの手紙をマークに届けること。だがそれも生徒がそれぞれ手紙を書くのだ。ソフィーがすることは、とりまとめと届けることだが……。それはレイモンドと毎日話す必要があることではない。
そんなこと、クラスメイトも分かっているが、ソフィーが言う言葉に皆「そうですね。ライト様のために頑張ってくださり、ありがとうございます!」となっているけれど……。
心の中では思っているはず。
「王太子殿下の婚約者がベネット男爵令嬢で、キルリル皇太子の婚約者がジョーンズ公爵令嬢みたいですわね」と。
でもそれは口に出せない。王家と他国の皇太子を侮辱することになるのだから、思っても言えない。でもみんな同じことを思っている。
「お兄様とお義姉様、上手くいっているんですよね? 今は私もそうですが、お義姉様も王宮を離れ、セキュリティも万全のキルリル皇太子の屋敷に客人として滞在しています。でも学園ではお兄様と毎日顔を合わせている。話しているのですよね? 昼食も一緒に摂っているんですよね?」
日曜日。
大聖堂で祈りを終えると、アンジェリーナ王女と私は王宮へ向かい、そこで国王陛下夫妻、レイモンドとブランチを摂る。そこで和やかに会話が繰り広げられ、それは火災以前と変わりはない。
だがレイモンドと私の会話は上辺だけのもの。
教室という空間で、同じ景色を見ている。その見えた景色について、お互いに話しているだけだ。そこに交流はほぼない。しかしレイモンドも私も社交に長けているから、聞いている国王陛下夫妻が違和感を覚えないよう、工夫していた。
それでもアンジェリーナ王女は、女性特有とも言える勘の鋭さで、何かを見抜き、私に尋ねたのだ。
レイモンドとちゃんと話をしているのか。昼食も一緒に摂っているのかと。
それに対する答えは難しい。
会話はしていないわけではなかった。挨拶をするし、必要があれば会話をする。しかし以前のような親密さは……失われてしまったと思う。
それでも昼食は毒味などもあるから、相変わらずレイモンド、キルリル皇太子と私は一緒だ。ただしそこにソフィーとメアリー子爵令嬢も加わっている。そして会話はソフィーが中心になり、繰り広げられるのだ。
どうしてこうなってしまったのか。
私はその理由が分かっている。ここが乙女ゲームの世界であり、レイモンドはヒロインに攻略される存在。シナリオの強制力や見えざる抑止の力が働き、またヒロインのラッキー設定も機能し、レイモンドと私の距離は広がり、ヒロインとレイモンドの距離は縮まるだけ。それがこの世界の定め。正解。
私がゲームのプレイヤーなら「よかった。ようやくレイモンドとの距離が縮まったよ~。この悪役令嬢、マジ、うざっ!」と思ったことだろう。立場が変われば、見方は変わる。
しかしレイモンドはそんなことを知らない。
なぜ私と距離ができてしまうのか。歯がゆく思っていることだろう。
レイモンドがそう思っているのではないか。そう感じるのは――。
時々、お互いに尋ねたいのに、それを我慢しているのではないか?と思う瞬間があるのだ。
レイモンドがとても寂しそうな表情になり、ため息をついた後。その視線が私を見ていると感じることが、何度かあった。
もしこの時、私が顔をあげ、レイモンドの視線を受け止めたら……。
会話が……始まったかもしれない。
「……リナ。最近、どうしちゃったのかな? なんだかずっとお互いすれ違いで……。こうなるとなんだか声を掛けにくくて……。でも、もうやめにしない? リナと話せないのは辛いよ」
そんな風にレイモンドが言ってくれる気がしているのに。私は顔をあげなかった。
ソフィーには何もしていない。断罪される理由はない。このままいけば、婚約破棄で終わるはず。
この世界で生きるために。
余計なことをしてマークのように誰かが怪我をして、悲しまないように。
シナリオが求める結末に向かうため、私はレイモンドへの気持ちを断つ。
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