これが悪役令嬢の定め
宰相の屋敷を出て、馬車に乗り込むと、キルリル皇太子が改めて尋ねる。
「お見舞いの後、丁度、お昼にいい時間になると思っていました。ただアンジェリーナ王女から、一緒にランチを食べませんかと、提案される可能性もあります。よってお店の目星はつけたものの、予約はしていません。何より、ランチを一緒にとるお誘いをまだしていませんよね。……ジョーンズ公爵令嬢、もしよかったら、このまま一緒に少し早いランチをいかがですか?」
キルリル皇太子の礼儀正しさに、なんだかくすぐったい気持ちになる。
「いろいろとお気遣い、ありがとうございます。早めのランチ、ぜひ行きましょう」と応じてから、自然とこう口にしていた。
「アンジェリーナ王女も宰相の屋敷の使用人も、とても困惑していました。キルリル皇太子殿下の言葉は、あの場を収めるに最適だったと思います」
「そう言っていただけて安心です。……しかし、マーク殿の件は驚きました。私もジョーンズ公爵令嬢と同じで、事故とはいえ、火災に対してとても憤りを覚えてしまいます」
でもそこはキルリル皇太子。実に前向きなことを口にする。
「マーク殿がもう一度乗馬ができるように。私は母国へ連絡をとってみます。同じような症例で手術を成功させた医師がいないか。その後のリハビリをうまく主導できる人物がいないか、問い合わせてみます。もし最適な人材がいればマーク殿とアンジェリーナ王女に紹介し、本国から呼び寄せようかと」
「それは名案です! アンジェリーナ王女もマークも喜ぶと思います! 私もお父様に手紙を書き、名医を知らないか、探してもらいます」
「きっとアンジェリーナ王女も、レイモンド王太子殿下も、マーク殿のために動くと思います。みんなで探せば、必ずや見つかるはずです。マーク殿の手術を成功させ、再び右手が使えるようにしてくれる人物が」
キルリル皇太子の言う通りだと思う。
アンジェリーナ王女は今はショックで前向きな思考ができていない。それが落ち着けば……。そしてレイモンドにとってマークは幼い頃からの親友。右手のことを聞けば、絶対に動くはず。
「あ、ジョーンズ公爵令嬢。こちらのお店はどうでしょうか?」
キルリル皇太子が馬車を止めさせる。一旦馬車から降り、店の入り口に用意された看板のメニューを確認すると……。
「マカロニ・グラタン、マカロニ・チーズ、マカロニ・クリーム……ここはマカロニ料理のお店なんですね」
「マカロニ料理、ご存知でしたか? このお店は最近出来たばかりで、イーリヤ国のマカロニという料理の専門店と聞いています」
前世ではお馴染みのピザやパスタ。
この世界にも存在しているが、それはイーリヤ国で食べられている料理。他の国ではまだ知られていない。
ふとパスタやピザを食べたくなり、調べたら、まだメジャーな料理ではないことが分かった。ただ、アルデバラン王国はイーリヤ国と国交がある。イーリヤ国の文化はもちろん、料理もいくつか伝わっている。その中の一つがマカロニ料理。一部の貴族達は、マカロニ料理を楽しみ始めていた。
「マカロニ料理、王太子妃教育で紹介されました。食べたことはありませんが、機会があれば食べたいと思っていました!」
「なるほど。やはりジョーンズ公爵令嬢は、食への探究心が素晴らしいです。ではこちらのお店に入ってみますか?」
「はい!」
こうしてキルリル皇太子と入ったマカロニ料理の専門店。早速、看板メニューの三品を注文した。
最初に出されたマカロニ・グラタンは、前世で食べたシンプルなグラタンそのもの。
「出来立てアツアツで食べると、本当に美味しいですね!」
「初めて頂きましたが、母国でこれを冬に食べたら、心身共にポカポカになりそうです」
キルリル皇太子は、マカロニ・グラタンを本国に報告すると大喜び。
続いては、マカロニ・チーズ。
これは多分、前世の「マカロニ・アンド・チーズ」の前身みたいに思える!
「茹でたマカロニに、たっぷりのバターが絡められ、チェダーチーズを溶かし、和えたものですかね」
キルリル皇太子の分析は正解!
「コショウがいいアクセントになっていますね。何というか味も濃厚で、癖になります」
前世でマカロニ・アンド・チーズは、その美味しさから食べ始めると止まらない、美味し過ぎて罪深い=悪魔の食べ物なんて言われたが、まさにその通り!
とんでもなく高カロリーであると分かるが、美味しいのです……!
最後に登場したのは、マカロニ・クリーム。
「バターとクリームでマカロニを和え、トリュフをふりかけたのですね。トリュフがかかることで、一気に高級感が増しています」
キルリル皇太子の言う通りで、マカロニ・アンド・チーズのジャンク感から一転。貴族の食卓に登場するレベルになっている。
香りも相まって、既に二品食べていたが、普通にパクパク食べられてしまう!
「美味しかったです、本当に。ジョーンズ公爵令嬢はどうですか?」
「はい! とても気に入りました。満腹です」
「デザートは……今回はスキップして、コーヒーでもいただきましょうか?」
「そうしましょう!」
この世界で初めてのマカロニ。美味し過ぎて全て綺麗に平らげてしまった。
満足して食べ終え、コーヒーを飲みながら思うのは、せっかくだからレイモンドと一緒に食べたかった……だ。
王宮を出てから、レイモンドとゆっくり話せず、あっという間に一週間が終わってしまった。せっかくさっき会えたのだ。マークのお見舞いが終わるのを待って、四人で、いや、アンジェリーナ王女も誘い、みんなでマカロニ料理を食べても……。
そこで悟る。
それはきっと無理な話なんだ。ゲームの世界が火事を起こし、レイモンドと私が離れるように仕組んだとすれば。今、少しずつ、レイモンドと距離が出来ている。この距離を縮めようとしたら……。
また、何か起きるかもしれない。マークのように誰かが怪我をして、アンジェリーナ王女のように悲しむことになるかもしれない。
優雅にコーヒーを注文するキルリル皇太子。彼が……怪我をするような事態になったら……。
レイモンドに会いたかった。話をしたい。
でもそれは止めるべきだ。
何よりこのまま距離ができ、婚約破棄される分には、断罪の要素はない。何か言われてもそこは「何もしていない」と反論できるはず。
結局この世界で生き残るために、レイモンドとの婚約破棄は必然であると、再認識することになった。シナリオの強制力。抑止の力。悪役令嬢に与えられた役割。ここがレイモンド攻略ルートであり、ヒロインのための世界である限り。その定めから逃れることは……できないと噛み締めることになった。
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