私は悟った
レイモンドと始めたボトルシップ作り。それはとても集中力を必要とするものだとは思っていた。だがここまでとは思わなかった。
「リナ。そろそろきゅうけいにしよう。レストルームにも行った方がいいんじゃないかな?」
そうレイモンドが指摘するぐらい、私はボトルシップ作りの作業に熱中していた。
作業としては、単純なことの繰り返しも多い。細かなパーツは同じものを用意する必要がある。それを着色するのも単純作業の繰り返しだった。だがそれはいかに効率的に出来るかを考え、没頭する。
気を遣うような細かな作業は言うまでもない。全身全霊で集中する。
そうなるともう、ブランチの後の時間はあっという間に過ぎてしまう。
どうやらレイモンドは日曜日は一日、フリーのようだ。王太子教育の勉強もなく、ボトルシップ作りに取り組める。だから熱中する私にしっかり付き合い、日没前まで二人して作業に没頭だ。
ティータイムで休憩する以外は作業をしている。しかも集中しているのだ。婚約破棄につながるような余計な行動は……しているどころではない。
それでもこんなことをしてみた。
それは休憩のティータイムでのことだ。
「ピスタチオのマカロンがたべたい! バナナのケーキはイヤ!」
用意されたスイーツに文句をつけたのだ。
こういう我儘は絶対に許されない。マナー違反だけでなく、礼儀作法としても許されないし、私だけではなく、両親の品格さえ問われる。さらには王宮付きのパティシエが用意し、それを出すことを許可した王太子への侮辱にもなる。
子供のあどけない好き嫌いでは片付かないというのが、この世界だった。
婚約破棄では済まず、侮辱罪に問われるかもしれない。それぐらいハイリスクな行動をとったのだけど。
「そう言えばリナは、バナナは温めたり、加工すると、べちゃべちゃして苦手だって言っていたね。僕がそれを忘れていたよ。ごめん。君、申し訳ないけどこれは下げてもらえる? パティシエには僕のミスだから気にしないでと伝えて」
レイモンドの采配は完璧だった。これなら私は一切の罪に問われない。それにパティシエにも非がないと言っているのだ。
「ピスタチオのマカロンをリナが好きだって知らなかったな。今日は用意できないけど、次は沢山準備する。だから今日はこのフランボワーズとレモンのマカロンを食べてもらえる?」
ここで伝家の宝刀、えくぼスマイルを出されると……。
「わかりましたでしゅ」
ついそう答えてしまうし、この言葉足らずの発言に使用人達は「公爵令嬢と言ってもまだ三歳。それに殿下もあのように言われているのですから」と、何事もなかったかのように振る舞ってくれるのだ。
さらに別の日。
「おそとであそびたいでしゅよ!」
ボトルシップを作ろうと、レイモンドの書斎に到着した瞬間。まさに唐突な我儘を言い出してみたのだ。これは実に気まぐれな言動であり、部屋まで見送りに来た父親が焦る気配も感じる。
この我儘、王太子以外には許されると思う。リナは公爵令嬢なのだから。でもレイモンドにこの我儘はダメだろう。
レイモンド自身、ボトルシップを作るのを楽しみに部屋まで来たのだ。その上でいきなり「外で遊びたい」には、さすがにイラッと……。
「いいよ。今日は天気もいいから。外で遊ぼう。マークもインドア派で、僕もボトルシップに夢中だから……乗馬や剣術の訓練がないと、部屋にこもりがちだからね。そうだ! 庭園に併設された池で、鴨の親子を見られる。可愛いよ」
レイモンドはイラッとなどせず、私が「みたいでしゅ」と言いたくなる提案をしてくれるのだ!
かくして庭園の池に向かい、愛らしい鴨の親子を見ていると……癒された。
親鴨の後ろを必死に追う子鴨の姿も可愛らしいし、ずっと眺めていられる。しかも池のベンチにレイモンドと並んで座り、鴨の親子を眺めている間は……なんとずっと手を繋いでいたのだ!
この事態を受け、私は悟った。
私、リナは悪役令嬢である。だが悪役令嬢としての本領発揮は学園入学後、なのだ。幼いリナに悪童設定はない。
ゆえに。
いくら悪さを企み、実行しても……。
うまくいかない!
この世界が全力で、リナが悪童にならないように動いているとしか思えない!
狩りの時も。
ボトルシップを壊した時も。
ティータイムで我儘を言った時も。
外で遊びたいと突如言い出した時も。
全部上手くいかないのだ。
それどころか災い転じて福となるではないが、レイモンドとの距離がむしろ縮まる事態につながっている気がしてならない。
狩りの一件の後、レイモンドは珍しい品種の子うさぎをプレゼントしてくれたし、ティータイムでピスタチオのマカロンがなかったことのお詫びで、翌日山盛りでマカロンが届けられた。もちろん、ピスタチオ味の!
プレゼントした子うさぎの様子を見たいと、我が家に遊びに来たり、ピスタチオのマカロンは一人では食べきれないよねと、我が家に現れたり。
間違いない。
婚約破棄につながるような行動は、この世界では無効化される……! 無効化どころか、レイモンドに有利に働くと思われた。
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