どうして!?
マークは最後まで元気だった。だが寝室を出て、前室へ戻ると、アンジェリーナ王女が声を殺して泣き出す。
「どうしたの、アンジェリーナ王女様!?」
アンジェリーナ王女は涙を堪え、「ここでは話せません」と告げた。
寝室も前室も広々としているが、扉一枚を隔てただけ。寝室にいるマークに聞かせたくないことなのだろうと、すぐにピンとくる。
キルリル皇太子と顔を見合わせ、白衣を脱ぎ、そのまま廊下へ出た。
「ここでなら話せるかしら?」
するとアンジェリーナ王女はコクリと頷き、堪えるのをやめた。青い瞳から涙がボロボロとこぼれ、それをハンカチで拭いながら、アンジェリーナ王女が話し出す。
「マークの右腕は……手の、小指と薬指が火傷で癒着してしまったのです。手術で切り離す必要があるそうですが、それは簡単な手術ではないと、医師から言われました。さらに手術が成功しても、ちゃんと指が動くか……」
それは衝撃の情報だった。
あんなに元気そうだったのに……!
「順調に回復しているのは事実です。でも……もし手が……乗馬をできるのか。それどころか利き手がそんな状態で、これまで通り、勉強ができるのか……。私のせいで、マークは……」
私がぎゅっとアンジェリーナ王女を抱きしめた時。
「え~マジですか~」という知った声が聞こえた。王女を抱きしめたまま、声の方を見て、ビックリすることになる。
キルリル皇太子の後ろに見えるのは、ソフィーとレイモンド……!
大きく目を見開く私を見て、キルリル皇太子は後ろを振り返る。
「レイモンド王太子殿下……」
「キルリル皇太子殿下、こんにちは。……やあ、リナ」
「皇太子殿下~、こんにちはー! ジョーンズ公爵令嬢も、どうも!」
そこでソフィーは「アンジェリーナ王女さま、泣かないでください~」と言うと、私が抱きしめていたアンジェリーナ王女にぎゅっと抱きつく。
「ライト様は大丈夫ですよ! ちゃんとラッキー設定があるはずなんで~」
ソフィーのセリフには、思わずドキッとしてしまう。しかしアンジェリーナ王女は泣いている最中の突然の出来事だっため、「ラッキー設定」に反応することはない。
ラッキー設定。それは乙女ゲームのヒロインの「絶対に死なない」「ピンチでも絶対に助かる」と言ったお約束の設定のこと。ソフィーの今のセリフ、それはヒロイン同様、攻略対象の男子にも、ラッキー設定があるということだろう。ゆえにマークの手術は成功し、手は元のように使えると。
この言葉を理解できるのは私だけだろうし、聞かされたアンジェリーナ王女は理解できない。理解できないどころか、泣いている最中、そもそも聞いていない可能性が高かった。
しかし本当に前世のこと、乙女ゲームのことを、このヒロインであるソフィーは、平気でベラベラ口にするのね……。
一瞬、ソフィーの発言にすべて気持ちが持って行かれてしまったが。どうしてレイモンドとソフィーが、二人してここに……!?
「レイモンド王太子殿下もマーク殿のお見舞いに……?」
「そうで~す! クラスのみんなの手紙を届けに来ました~」
私と同じ疑問を、キルリル皇太子も持ったようだ。そしてレイモンドが答える前に、ソフィーが答えている。
「お兄様、先触れもなく急に来るなんて」
王太子であるレイモンドの突然の登場に、アンジェリーナ王女の涙も引っ込んだようだ。
「……そうだね。ごめん」
宰相の使用人たちも少し慌てた様子だ。
そもそもアンジェリーナ王女が滞在しているだけでも、この屋敷の使用人たちは緊張していると思う。とんでもない賓客なのだから。しかもちょっとお茶をしに来たのではなく、長期滞在が決まったのだ。
そこへお見舞いと言うことでやってきた友好国の皇太子と、この国の王太子の婚約者。それでも先触れもあったので、もてなし……お茶の用意はちゃんとしていたと思う。ところがそこへ先触れもなく、この国の王太子が現れたのだ。
驚き、慌てながらおもてなしの準備を……となったのだろう。
礼儀正しいレイモンドなら、ちゃんと先触れをするはずだ。ソフィーが突然押しかけ、マークのお見舞いに行こうと言い出した可能性が高い……。そしてレイモンドがソフィーに押し切られたのは……それこそ「ヒロインのラッキー設定」と、このゲームのシナリオの強制力が後押しをした結果だろう。ヒロインと攻略対象が共に行動する。ゲームの世界としてはウエルカムの展開なのだから。
自分が前世でヒロインとしてゲームをプレイしていた時は、このラッキー設定に何度も助けられていた。だが自分が悪役令嬢という立場になると、これはもう「なんて余計な設定!」と思ってしまうし、シナリオの存在が恨めしくてならない。
「クラスのみんなのお手紙、ライト様に届けたいんです~。ダメですかぁ、アンジェリーナ王女!」
先触れがないことをアンジェリーナ王女が指摘すると、ソフィーはぶりっ子全開で、マークへ手紙を届けたいと主張した。
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