お義姉様!
一瞬垣間見てしまったキルリル皇太子の瞳。
馬車に乗り込んでからも、しばらくドキドキしてしまった。だが馬車には侍女や近衛騎士もいる。ドキドキしている場合ではなかった。そしてキルリル皇太子も、いつも通りの落ち着いた表情に戻ったので、マークのことを話しながら、宰相の屋敷へ向かうことになる。
「その後マーク殿は、学園の入学式が始まるまでの間、時間を見つけては、愛馬と練習を続けたそうです。そこで1.3メートルの高さのバーも遂に跳べるようになったそうですよ。人馬共に、過去の失敗を乗り越えたのです」
「そうだったのですね。マークったら、そんなに練習をしていたなんて!」
「今は1.4メートルの高さをほぼ越えられる。次の1.5メートルを跳ぶことができるようになったら、アンジェリーナ王女や皆さんに報告すると言っていました。とても努力家で頑張り屋の方ですね。マーク殿は」
そんなマークだからこそ、燃え盛る炎の中にも飛び込んだのだろう。
「元気に回復して、また乗馬ができるようになるといいですね」
私の言葉にキルリル皇太子は大きく頷く。
「マーク殿であればきっと、元気になったらこれまで以上に頑張ると思います」
「そうですね。私もそう思います!」
マークが元気に回復することを願っていると、宰相の屋敷に到着した。
ノースアイスランド帝国の皇太子の来訪。
当然だが先触れで知らせてある。
よってエントランスに到着すると……。
「お義姉様!」
アンジェリーナ王女が出迎えてくれたが、私は衝撃を受けながら馬車から降りることになる。
「アンジェリーナ王女様……」
どうされたのですか!?と聞きたくなったが、それは問うまでもない。マークが大火傷を負ったのだ。そしてそのマークにアンジェリーナ王女は想いを寄せている。
意識がなかった時は、心底心配したことだろう。
熟睡なんてできていないのは一目瞭然。
心労がたまり、アンジェリーナ王女のくりっとした大きな青い瞳にはくまができ、綺麗な巻き髪のブロンドも元気がなかった。さらに着ているドレスがくすんだローズ色ということもあり、余計に疲れて見えてしまっていた。
だがきっと今のアンジェリーナ王女は着飾ることより、マークの看病なのだろう。それが分かったので、その細い体をぎゅっと抱きしめる。
「マークの意識が戻ったと聞いたわ。本当によかった」
「ありがとうございます、お義姉様……」
今にも泣き出しそうなアンジェリーナ王女だったが……。
「アンジェリーナ王女、ここ連日、看病お疲れさまでした。君の献身で、マーク殿は意識を取り戻したのだと思いますよ」
「キルリル皇太子殿下もわざわざ来てくださり、ありがとうございます。マークのところへご案内しますわ」
キルリル皇太子の声がけに、アンジェリーナ王女の声は、凛としたものに変わっている。さらに私からゆっくり体を離す。
私を前に、つい私人として振る舞ってしまったが、帝国の皇太子がいるのだ。気持ちを公人へ戻したのだろう。
アンジェリーナ王女は先頭に立ち、マークの休む寝室へと案内してくれる。
「感染対策を行っているため、ここで手指の消毒をしてください。そしてこちらの白衣を羽織っていただけないでしょうか」
寝室手前の前室に入ると、アンジェリーナ王女は白衣を用意し、アルコール消毒をするよう、告げた。
火傷は特に感染症への対策が重要になってくる。医療水準が前世程ではないからこそ、こういった心掛けが大切だった。
寝室手前の前室で、持参した花束とフルーツ、そしてアンジェリーナ王女のために用意したハーブティーも渡すことになる。
「まあ、ティーブロッサムのハーブティーですね。あ、これはポプリ!? 嬉しいです。ありがとうございます、お義姉様」
「何か必要な物があれば手配するので連絡してくださいね。公爵邸で手配できるものもあると思うので」
「それは心強いです、お義姉様! でもお義姉様もキルリル皇太子殿下のお屋敷で、客人として滞在している身。私のことよりも、ご自身の必要なものを揃えてくださいませ。むしろ王宮がこんなことになり、申し訳ないです」
そこで頭を下げるアンジェリーナ王女に「そんなことはないです。不慮の事故。仕方ないこと」と宥めることになる。
ともかく白衣を着て、アルコール消毒を行い、いよいよ寝室へ向かうことになる。扉を開けると、幾重にも白い布がかけられており、それをめくるようにして中へ入ると――。
トレードマークのメガネはなく、頬や頭にもガーゼをつけている。大火傷を負った右腕は、膿が出ているということで看護師がガーゼで拭き取りを行っていた。
「キルリル皇太子殿下、ジョーンズ公爵令嬢、わざわざお見舞い、ありがとうございます!」
マークの声が元気そうなことに安堵する。
「マーク殿、どうですか、調子の方は?」
「アンジェリーナ王女がずっと付き添って看病をしてくれたおかげで、かなり回復しました。今は食欲も出てきました」
「マーク、フルーツをお見舞いで持って来たの。好物のブドウと洋ナシもあるから、ぜひ召し上がって」
「ありがとうございます、ジョーンズ公爵令嬢、キルリル皇太子殿下!」
この後もマークは饒舌に話し、その様子だけだと、怪我人とは思えない。ここまで回復したなら大丈夫だろう。そう思ったまさにその時。
「元気になったら、また乗馬の練習ですね」
キルリル皇太子がそう声を掛けると、マークが一瞬言葉を失った。
どうしたのかと思ったが、すぐに「そ、そうですね。ブレンダ、元気かなぁ」となんだか空元気になってしまう。
「お義姉様、キルリル皇太子殿下。元気そうに見えますが、まだまだ安静が必要なので、今日のところはこれでよろしいでしょうか」
アンジェリーナ王女に言われ、私とキルリル皇太子は退出することになった。
「また良かったら、来てくださいね」
マークは元気よく見送りの言葉を掛けてくれたが……。
お読みいただきありがとうございます!
本日もよろしくお願いいたします☆彡
次話は16時頃公開予定です~






















































