お見舞い
「ジョーンズ公爵令嬢、おはようございます」
学園が休みの日。
キルリル皇太子は当然だが朝から私服。白のシャツに柔らかいキャメル色のスエード生地のジャケット、濃紺のズボンとラフな装いであるが、とてもよく似合っている。
なんだかんだで毎朝この美貌の皇太子と顔を合わせることが当たり前になり、レイモンドとのすれ違いがデフォルトになってしまった。
どこかで気付いている。
もしかすると王宮での火災。あれは見えざるゲームの抑止力が働いたのではないかと。
レイモンドと私は相思相愛で、ヒロインであるソフィーがつけ入る隙がない。しかしこの世界は、ソフィーの幸せのために存在している。私とレイモンドを引き離す必要があった。そこでこの世界の、悪役令嬢への悪意が想像できてしまう。
プライベートガーデンの一角に集められた落ち葉。
沢山の落ち葉を積んだ籠のそばから、人が離れた瞬間ができた。そしてその時間、各場所の明かりを灯すため、ロウソクを手にした使用人が沢山動き回っていたと思う。
そこで廊下のトーチに火を移した時、小さな火の粉が風に乗って飛び散った。
それこそが、ゲームのシナリオの強制力。抑止の力が働いた結果だ。
火の粉は落ち葉を積んだ籠の上にゆっくり落ちて行く。小さな火種。でもそこには燃えやすい大量の落ち葉。火の粉はじわじわと落ち葉を燃やし、勢いを増していく――。
「……ズ公爵令嬢」
「は、はいっ」
キルリル皇太子の屋敷でお世話になるようになって、食べ慣れた黒パン。その黒パンを手に、恐ろしい火災の原因を想像していた。そしてキルリル皇太子の声で、現実に意識を戻すことになった。
「マーク殿のお見舞いに行けることになりました」
「! そうなのですか!」
「はい。実は腕の大火傷で、意識を数日失っていたそうです。ですがその意識を取り戻したということで、容態も安定してきたとのこと。よって面会謝絶を改め、少人数ずつであれば、会えることになったそうです」
自身の家臣を宮殿に向かわせ、キルリル皇太子は日々情報を得ていた。そして今朝方、宮殿で宰相と直接話した家臣から、この情報を得たのだという。
「宰相から、ジョーンズ公爵令嬢と二人で訪問するなら、問題ないと言われました。朝食を終えたら花屋へ向かい、お見舞いに行きますか?」
「はい! ぜひお見舞い、行きたいです!」
朝食後、ラベンダー色のドレスに明るいグレーのジャケットを合わせると、キルリル皇太子と街の貴族向けの花屋へ向かう。
今、街では花が品不足で割高になっていた。皆、宮殿に花を手向けに行ったからだ。
今回の火災では、奇跡的に死者が出ていない。その代わり、マークのように大火傷を負った者が、何名もいた。避難時に転倒し、大怪我をした者もいる。そう言った人々への哀悼の気持ちが、宮殿へのお見舞いの花につながっていた。
「花は手に入りましたね。良かったです」
「ええ。とても綺麗な秋薔薇です。あとは……市場でフルーツを手に入れるのはどうでしょうか?」
私の提案にキルリル皇太子が応じる。
「そうですね。さっぱりしたものであれば、きっと召し上がることもできるでしょう」
そこで市場で真っ赤なリンゴ、イチジク、ブドウ、洋ナシ、クランベリーなどを手に入れ、手提げ籠一杯に詰めてもらった。
「これで準備できましたね」
「はい。マークは洋ナシとブドウが特に大好きなので、喜ぶと思います。あ、あともう一か所、いいですか?」
「ええ、勿論です。どちらへ?」
フルーツの籠を手に、花束を持つキルリル皇太子が私に尋ねる。
「ハーブの専門店に行きたくて……。アンジェリーナ王女が、宰相のお屋敷に滞在しています。ハーブティーをプレゼントして、リラックスできるようにしたいのですが」
「なるほど! 確かにアンジェリーナ王女は宰相の屋敷に滞在していましたね。行きましょう。ハーブの専門店へ」
こうしてハーブ専門店でカモミールティーとラベンダーのポプリを手に入れ、宰相の屋敷へ向かうことにした。
「アンジェリーナ王女も私と同じで、すべて失ったのですよね。……マークの命まで危うくなって……。本当に今回の火災、許せません」
馬車をとめた場所に向かい歩きながら、私はモヤモヤする気持ちをキルリル皇太子に打ち明けた。
「許せない……なんだか放火のような言いぶりですね。犯人がいるかのような」
犯人。それはこのゲームのシナリオの強制力。シナリオが間違った方向へ進んだ時に働く、抑止の力だ。でもそんなことは言えない。
「事故……なんですけど、あまりにも理不尽に感じてしまい……。マークもアンジェリーナ王女も。怪我をした消防隊の人や使用人の方々も。何も悪いことをしていないのに」
シナリオの進行を変えたのは私なのだから、火災などではなく、私だけを罰すればいいのに!
「ジョーンズ公爵令嬢も被害者なのに。ご自身のことより、マーク殿やアンジェリーナ王女、市井の人々を気遣えるなんて……」
キルリル皇太子が、アイスブルーの瞳に浮かべた切ない表情に、思わずドキッとした時。
馬車をとめている場所に到着していた。
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