忘れないで
私がレイモンドへの気持ちを再認識した時。
レイモンドはゆっくり私から体を離し、深呼吸をした。彼ほど冷静であっても。こうやって深い呼吸が必要なぐらい、気持ちが乱れたということ。そしてそれは私を想ってのことだった。
「キルリル皇太子殿下のこの屋敷であれば、万全ですね」
そう言うとレイモンドは居住まいを正し、ローテーブルを挟んで対面のソファに座るキルリル皇太子と向き合う。
「キルリル皇太子殿下。後ほど、公式文書は用意します。ですがしばらくの間、リナを客人として滞在させていただけないでしょうか」
「ええ、それは勿論です。王宮が全焼したわけではないと思いますが、いろいろと大変でしょうから、喜んで引き受けます。……レイモンド王太子殿下やアンジェリーナ王女の部屋も用意できますが」
「それには及びません。おっしゃる通りで、王宮は全焼したわけではないので、国王陛下夫妻と僕は王宮に留まります。アンジェリーナは宰相の屋敷でしばらく世話になるでしょう。マークの看病もしたいと言っていたので」
これを聞いた私は驚いて声を上げることになる。
「レイ! 王宮に国王陛下ご夫妻やレイが残るなら、私も残るわ!」
「リナ。君の部屋とアンジェリーナの部屋は、残念だが焼け落ちた状態に近い。いろいろ大切なものが失われ、とても残念だと思う。でも必要なものはすべて王家負担で買い直すし、一日も早く、王宮へ戻れるように復旧を急ぐ。だからそれまではここに滞在して欲しい」
「そんな……王宮には使っていない部屋が沢山あるわ」「リナ」
凛としたレイモンドの声に息を呑む。
「宮殿や城で発生する火災。火の不始末によるものが多いと思うけど、拡張工事中や、修復工事中に火災が起きることも多い。それは王太子妃教育で習わなかった?」
「それは……」
習っていた。それに前世でもパリのノートルダム大聖堂が、修復工事中に火災が起きている。
「リナを危険な目に遭わせたくないんだ。火傷したマークの姿を見て、強くそう思った」
そうだ。マークは大火傷を負っている。このルートでは脇役でも、彼も攻略対象の一人。そんなメインキャラが怪我を負うなんて……とんでもないイレギュラーだ。
「マークのお見舞いにも行きたいです」
「うん。リナはそう言うと思った。しかしそれはいろいろ落ち着いてからだ。それに今のマークは……お見舞いどころではないからね」
この言葉に心臓がドクッと嫌な反応をしている。
「マークは……」
「大丈夫だから。お見舞いには行けるようになる。心配しないで」
そう言ってレイモンドは手を握ってくれるが、この世界、医療水準は前世とは比べ物にならないのだ。マークのことが心配になると同時に、レイモンドと離れたくないと思ってしまう。
「やっぱり私も王宮に」「リナ」
再び名前を呼ばれ、両腕の上腕をぎゅっと掴まれる。
「王宮は工事に伴い、人の出入りも増える。勿論、厳密な身元確認も行う。それでもこの機会にと悪さをする奴がいるかもしれない。だけどここだったら安全だ。申し訳ないが、ジョーンズ公爵邸よりも、ここの方が安全だと思う。だからリナはここに残って。ジョーンズ公爵には、僕からも話をしておく。父上と母上も、既にリナがここに滞在する方針に賛成してくれている」
そこでレイモンドはキルリル皇太子もいるのに、私の額に自身の額で触れる。グレープフルーツの香りが一気に鼻孔をくすぐり、胸がドキドキ言い出す。
「リナ。覚えているかな? ボトルシップを一緒に作り、最後の最後でトラブルが起きた時のことを。僕が修復したボトルシップをリナに届けた時。リナは不思議なことを僕に尋ねた。『リナが殿下の婚約者だから優しいの?』なんて聞いたんだよ。驚いた。なんでそんなことを聞くのかと。リナが大好きでした行動を『なぜ?』と思われるなんてと。そこで僕は伝えたよね」
額が離れ、鼻が触れ合う距離にレイモンドの顔があった。
「僕を信じて、リナ。僕は君のナイトでありたいと思う。この気持ちは絶対に変わらないから」
あの日より声は落ち着き、たどたどしさもない。耳に心地のいい声音で再現された言葉に、ときめきが止まらない。
「この言葉、嘘偽りのない僕の本心だ。忘れないで、絶対に」
「レイ……」
もうこのままキスをされてもおかしくない流れだった。しかしレイモンドは額へ、祝福を与える司祭のようにキスをすると、私の腕から手を離す。
「王宮に戻る前に。キルリル皇太子殿下、二人きりで話をさせていただけませんか」
「ええ、構いません」
「リナ。ごめん。これは皇太子と王太子による、国同士の話になる。退出してもらってもいい?」
「……分かりました」
お読みいただきありがとうございます☆彡
感謝の気持ちを込めて、サプライズ更新をお届けしました\(^o^)/
これからも物語をお届けできるよう、更新頑張りますので、引き続きよろしくお願いします!






















































