報告
「皇太子殿下にご報告がございます!」
間違いない。これは公爵邸、宮殿いずれかへ向かった使者の報告のはず! 夕食の料理は終わったが、まだ寛いでいるタイミングで報告をするなんて、只事ではないからだ。
「報告、聞くとしましょう」
「ご報告いたします。ジョーンズ公爵邸から戻りました。ジョーンズ公爵は宮殿へ出向いており、まだ帰宅できていません。火災が起きた宮殿にいたので、安否は気になりますが、ひとまず公爵夫人と面会できました」
父親が宮殿へ出向ていたと言われ、心臓がドキリとする。てっきり公爵邸にいるのかと思ったのに……!
「ジョーンズ公爵夫人は、まず皇太子殿下に『不測の事態の中、娘を気遣っていただき、ありがとうございます。確かに宮殿は混乱しており、私も人を送っていますが、公爵の安否確認もまだできていません。そんな宮殿に娘が戻ること。最善とは思えません。さらにこの公爵邸も宮殿から近く、もくもくと上がる煙が目の前に見える状況。ここへ戻ることも良い判断とは思えません。ぜひ一時的とはなりますが、娘をキルリル皇太子殿下のところへ避難させていただけますと幸いです』とのことでした」
「ありがとう。続けて」
キルリル皇太子に促され、使いの人間は話を続ける。
「ジョーンズ公爵令嬢へのお言付けとしては『私やお父様は大丈夫です。リナ。あなたは国王陛下夫妻、アンジェリーナ王女、そして大切な婚約者であるレイモンド王太子殿下の無事を確認するようにしてください。といっても今、宮殿へ向かうのは得策でありません。宮殿へ向かう通りは大混雑で、馬車で向かうのはまず無理です。だからといって令嬢が馬で火災現場に向かうなんて話、聞いたことがありません。徒歩でも同じです。よって現状は祈ることしかできません。動ける状況になるまでは情報を集め、体力を温存なさい』とのことです」
五歳で王宮暮らしがスタートし、その後、母親に会える機会は少なかった。どこかおっとりな母親だったが……。火災が起きた今、凛とした公爵夫人として振る舞っていることが伝わってくる。
私もお母様のように、しっかりしないと。
「ジョーンズ公爵令嬢。母君への伝言があれば、もう一度公爵邸へ人を向かわせますが」
「ありがとうございます、キルリル皇太子殿下。ですがお母様は『私やお父様は大丈夫です』と言ってくれています。それはこの伝言の返事を寄越す必要はないということだと思います。何か異論があれば送る必要はありますが、その必要はないので……。私がすべきは王家の婚約者として、義理の両親と妹、そして婚約者であるレイモンド王太子殿下の安否確認です」
「……! 分かりました。ジョーンズ公爵令嬢の言う通りですね」
「宮殿より戻りました! 皇太子殿下にご報告がございます!」
これにはハッとしてすぐにキルリル皇太子が「報告をすぐに」と応じた。
何か焦げたような匂いを感じ、その理由を理解する。入って来た使いの者は、顔に煤が残り、着用しているマントの一部が焼け焦げていたのだ。
「皇太子殿下、火急ゆえに、身支度が整っておらず、申し訳ございません!」
「構わないですよ。むしろ大変な場所へ向かってくれて、ありがとうございます。水を」
そこですぐにメイドが使いの者に、グラスに入った水を渡す。彼は恭しく受け取り、喉を鳴らして飲み干した。
「ありがとうございます、皇太子殿下」
「では報告を続けてください」
「はっ。その報告ですが、自分より最適な方がいらっしゃるので、その方にお願いしてもよろしいでしょうか」
これにはキルリル皇太子の整った片眉がくいっと上がる。
「まさか……いや、そうですか。ええ、そうしましょう。入室いただいてください」
扉が開き、そこに姿を現したのは――。
着ているのは王立アルデバラン学園の制服だが、防火対策になる革製のマントを羽織っている。
少し乱れたブロンド。サラサラの前髪の下には形のいい眉、そして長いまつ毛。そしてこちらを見つめる聡明さをたたえた碧い瞳。透明感のある肌のあちこちに煤を拭った跡がある。頬は少し上気し、通った鼻筋の下のほんのり桜色の唇は、ぐっと結ばれている。いつもの微笑みとえくぼはなく、真剣な表情をしているのは……。
「レイ……!」
「リナ……!」
ここがヒロインのための世界であることを忘れ、無事を確認できたレイモンドに抱きついていた。レイモンドもまた私をぎゅっと抱きしめ、「良かった、リナ。無事で……」とかすれた声をもらす。
いつものグレープフルーツの香りには、焦げた匂いが混じっている。そこでレイモンドはハッとして、私から体を離す。
「ごめん、リナ。ドレスを着ているのに」
「キルリル皇太子殿下に借りた物ですが、許して下さると思います」
「ええ、構いませんよ。そのドレスはジョーンズ公爵令嬢に進呈したものですから。それよりもレイモンド王太子殿下、無事で何よりです。国王陛下夫妻とアンジェリーナ王女は?」
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