夕食
客間は前室があり、寝室があり、さらに専用のバスルームとレストルーム、テラスもある立派なものだった。
前室は白を基調に、装飾品はゴールド、絨毯はカラフルな色彩で、カーテンはターコイズ色。白壁にもアクセントでターコイズのタイルが埋め込まれ、実に鮮やか。
「公爵邸や宮殿へ使者を出しました。いろいろ考えると落ち着かないと思いますが、そこはグッと堪えていただき、この後、夕食を摂りましょう」
私を客間に案内し、少し席を外したキルリル皇太子だが、再び姿を現わすと、夕食を摂ることを提案してくれた。
だが火災が鎮火したのか。国王陛下夫妻、アンジェリーナ王女の安否は分からない。レイモンドもきっと無事だと思うが、ちゃんと確認できたわけではなかった。それなのに夕食なんて……というのは顔に出てしまったようだ。
キルリル皇太子は続けてこう告げた。
「現状、現場に私達自身が出向くことは難しく、まだ出向いたところで、出来ることは限られるでしょう。逆に心配をかけることになりかねません。身分的に私もジョーンズ公爵令嬢も、無事でいることが重視されている。これは理解できますよね? 今は歯がゆいかもしれませんが、使者の報告を待つしかありません。ですがその報告もすぐには無理でしょう。宮殿とその周辺の混乱は、続いていると思うので。今は体力を温存し、いざとなった時に動けるようにするのが肝要です」
そこで彼はアイスブルーの瞳を細め、秀麗な笑みを浮かべると「だからこそ、夕食、ちゃんと摂ってください」と伝えてくれたのだ。
逸る気持ちはある。だがキルリル皇太子の言う通りだ。混乱する宮殿に向かい、危険な目に遭いそうになったり、怪我をしたりすれば、間違いなくみんなを困惑させるだけになる。
何より貴族は慌てふためくより、落ち着くことこそ、美徳でもあるのだ。
冷静に。今、心配で食事が喉を通らないは最善ではない。皆の無事が確認でき、会えるとなった時、動けるようにしないと。
「キルリル皇太子殿下。ありがとうございます。今のアドバイスで、自分がすべきことが分かりました。夕食、いただきます!」
私の返事にキルリル皇太子は「良かったです、理解いただけて!」と笑顔になり、そして「では用意を進めましょう」と立ち上がる。
その後は彼の指示でメイドが来て、なんとドレスに着替えることになった。
大使館では舞踏会を開催することもあり、そう言った時の不測の事態に備え、ドレスを何着か用意しているというのだ。でもこの備え、繊細でトラブルが起きやすいイブニングドレスを着る女性には、実に嬉しいサービス!
こうしてアイスブルーに銀糸による素敵な刺繍と白銀のレースで飾られたドレスに着替え、夕食となる。
用意されているのは、キルリル皇太子の母国、ノースアイスランド帝国の料理の数々だ。
以前、宮殿の昼食会にも登場したキャビアは、私が提案した外側がカリッとし、中はふんわりのパンに載せられて登場。さらにサワークリームも添えられており、自分でトッピングすることができるようになっている。
色鮮やかなビーツのスープ、焼き立てのラム肉のパイ、キノコの発酵食品、鮫肉の燻製まで出してくれた。どれもアルデバラン王国では見ない料理、味付けで、異国情緒を感じる味わい。
「これは本当に美味しいです。私は実は毎朝これをいただいています」
そう話すキルリル皇太子の一押しで用意されたのは、発酵キャベツとソーセージを、サワークリームを塗ったパンにサンドしたもの。
「ジョーンズ公爵令嬢のレシピに従い、作ってみましたが、最高の味わいです。こんな美味しい食べ方を知らずに過ごした時間が、勿体なく感じられるぐらい!」
そこまで喜んでいることが嬉しく、私の食事の手も止まらない。
いろいろ考えると心配になり、食事もろくにできないのではないか。そんな不安もあった。だがキルリル皇太子のおかげでちゃんと食事もできている。
安心して食事を終えたが、スイーツを元気に食べる気持ちにはなれず、コーヒーを出してもらい、食後の時間を過ごすことになった。
「帝国の料理はいかがでしたか?」
「味わい深かったです。どの料理も味付けを含め、私の好きな物でした」
「本当ですか!? サワークリームを含め、発酵食品に馴染みがなく、口に合わないと言われることも多いんです。美味しいと思っていただけたことは……とても嬉しいですね」
そこで銀髪をサラリと揺らしたキルリル皇太子は、ドキッとするようなことを言い出す。
「ジョーンズ公爵令嬢のような女性を、帝国へ迎えられたら……」
「えっ!?」
「父である皇帝からは『せっかく留学するのだ。アルデバラン王国の最高の令嬢を見つけ、婚約者に迎えろ』と言われていました。ジョーンズ公爵令嬢でしたら、皇帝もきっと気に入ると思います……」
思わずドキッとするがこの世界。素晴らしいと思ったら、恥ずかしがることなく褒める文化である。ノースアイスランド帝国の食文化に共感できる私を気に入った……ということなのだろう。
「ありがとうございます! 食べ慣れないと、最初は抵抗感を覚えるかもしれません。ですが慣れてしまうと、この酸味が癖になるという令嬢、意外に多いと思います。大丈夫ですよ、キルリル皇太子殿下。もしアルデバラン王国で婚約者を探すとしても、きっと見つかりますから!」
「……ジョーンズ公爵令嬢、私は……」
「皇太子殿下にご報告がございます!」
扉のノックと共に、キリッとした声が響いた。
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