鐘の音が鳴り響く
夕食前には王宮に戻る必要がある。よって店主からゆっくり寛いでと言われたが、イチジクタルトを食べ、紅茶のノンアルコールカクテルを楽しむと、すぐに帰ることになった。
だがその短い時間。
キルリル皇太子とは食べ物の話から始まり、彼の母国の文化の話など、わずかな時間ながら密度の濃い話をできたと思う。
「ジョーンズ公爵令嬢とは、ずっとこんな話をしたかったのです。でもなかなかその時間が持てず……。今日は短いながら、とても楽しかったです。もしまたこんな機会を持てたら……とても嬉しく思います」
礼儀正しくそう言われると、断る理由もないのだ。「そうですね、また機会があれば」と応じることになる。
こうして馬車に乗り込み、王宮まで送ってもらうことになったが……。しばらく馬車を走らせると、鐘の音が鳴り響く。
「この鐘は……ノースアイスランド帝国では火災の時、このような感じで連続して鐘を打ち鳴らします」
「それはアルデバラン王国でも同じです。しかも連続して大きな音……これは民家が燃えたレベルではなく、大きな建物の火災の時の合図です」
窓から外を見ると、人々が鐘の音に反応し、駆け出している様子が見える。そこで馬車が止まることになったのは他でもない。消防隊の馬車が通るためだ。
馬車といってもそれは荷馬車で、沢山の大きな樽、手押しポンプ、バケツ、はしごなどが積まれている。複数台の荷馬車に並走するように、馬に乗った消防隊員の姿も見えた。皆、金属製のヘルメットを被り、革製のコートにロングブーツという装備で、火災現場に向かっている。そこで馬車の窓がノックされ、キルリル皇太子を護衛する近衛騎士が姿を見せた。
「皇太子殿下、報告します。今、確認したところ、火災が起きたのは宮殿のようです」
これにはキルリル皇太子と二人、「えええええっ!」と驚くことになる。
とはいえこの世界、火災はどこでだって起きた。さらに言えば、前世のヨーロッパでも、ウィンザー城、ルーブル美術館の前身であるルーブル宮殿、シェーンブルン宮殿でも火災は起きている。勿論、戦火で燃えたこともあるが、そうではない火災も起きているのだ。
「国王陛下夫妻は!? アンジェリーナ王女の安否は!? レイモンド王太子殿下は屋敷へ戻る途中!? すぐに確認をとってください!」
キルリル皇太子はテキパキと指示を出し、そして私を見る。
「宮殿で起きた火事。恐らく王都中の消防隊が、宮殿へ向かうでしょう。宮殿周辺を含め、混乱していると思います。王宮へ戻るのは……無理かと。公爵邸へ戻られるか、私の屋敷に一時避難された方がいいと思います」
その提案には同意だった。馬車も先程消防隊を通すために止まってから、動けていない。
「公爵邸は……宮殿に近いんです。王家からの信頼も厚く、宮殿に近い場所にタウンハウスを建てる許可をご先祖様が得たようで……。公爵邸に戻るのは……難しいかもしれません。あ、でも徒歩だったら」
「公爵令嬢が、火事の野次馬もいるような場所に徒歩で向かうなんて……危険過ぎます。無理はせず、私の屋敷に一時避難しましょう。公爵邸と宮殿には遣いを出し、ジョーンズ公爵令嬢の無事は伝えます」
「そうしていただけると助かります。でも、宜しいのでしょうか……?」
「今はレイモンド王太子殿下がそばにいないのです。私が代わりにジョーンズ公爵令嬢を守ります。……守らせてください」
とても心強い申し出に、ここは「ありがとうございます。お願いします」と伝えることになる。私の返事を聞くと、キルリル皇太子は御者に指示を出し、迂回路を進む。
「キルリル皇太子、こんな裏道、ご存知だったのですか!?」
「そうですね。有事に備え、自身がいる場所の土地を把握する。それは私だけではなく、レイモンド王太子殿下もされていることかと。おそらく王太子殿下も学園から王宮まで、野次馬がいないルートを見つけ出し、戻ったと思いますよ」
「それならレイはきっと無事。国王陛下夫妻とアンジェリーナ王女は……」
「大丈夫ですよ。バカンスシーズンの始まりと共に、アルデバラン王国に滞在しましたが、いろいろなことがきちんとしている国です。火災もちゃんと鎮火させるでしょう。そして国王陛下夫妻もアンジェリーナ王女も無事ですよ」
キルリル皇太子に力強くそう言われると、そうなのだろうと信じられるから……不思議だった。そしてそうしているうちに、ノースアイスランド帝国の大使館に到着。その敷地内にあるキルリル皇太子が滞在する屋敷に足を踏み入れることになった。
その屋敷は建物の作りからして、独特というか、まずはドーム型の屋根が目を引く。屋敷内の装飾はゴールドが中心で、エントランスホールだけでも多彩な色彩が取り入れられている。アルデバラン王国では部屋ごとにテーマカラーが決まっている感じだが、ノースアイスランド帝国は豊かな色彩が特徴になっていた。
「客間に案内しますね」
「お願いします」
まさかの火災によりこの日、私はキルリル皇太子の屋敷に滞在させてもらうことになった。
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