このまま断罪前に
落下する瞬間。
もううんざりしていた。悪役令嬢、最後は窒息死する運命で、どうせ死あるのみ。ならばちょっと早まり、二階から一階へ落ちてもいいよね?とゲームの世界が言っているように思えたのだ。
ここが魔法と剣の世界なら、浮遊魔法で事なきを得る奇跡もあるだろう。もしも落下するのがヒロインだったら、絶対に死なないという設定により、何らかの奇跡が起きる。つまりは九死に一生を得るだろう。
だが私は悪役令嬢。このまま断罪前に死亡か、断罪どころではない大怪我を負うかもしれない。そう思うと無性に腹が立ち、何とかできないかと目をカッと見開いたら――。
目で認識するより先にグレープフルーツの香りを感じ、そして大きな衝撃を受ける。しかし体のどこかに激痛が走ることはない。
代わりにぎゅっと抱きしめられ、爽やかな香りに胸が躍る。
「ギリギリセーフだったかな。でも驚いた。気絶しているのかと思ったら、急に目を開けるのだから」
「レイ……」
エントランスホールの床に、レイモンドに抱きしめられ、転がっていると理解した。そこに足音が聞こえ、様々な声に取り囲まれる。
もうダメかと思ったのに。
私はレイモンドに抱きとめられ、一命を取り留めていた。
◇
洋館に突如現れたワイルド・ピグは、意識を失っている間に山の近くまで運ばれ、そこで放たれることになった。
このワイルド・ピグから私を救い出してくれたレイモンド。地下にいたはずのレイモンドはどこからどうやって現れたのか?
ソフィーと共に朽ちた床が抜け、地下に落ちることになったレイモンド。意識を取り戻した後、一階へ戻ろうとした。ところが地上へつながる階段を上り切ると、そこにある鉄製の扉は鍵がかかっており、開かない。もう一つ扉を見つけ、開けようとするが、そちらも施錠されており、内側からは開けられなかった。つまり踊り場が家具で溢れていた階段の先には、やはり扉があり、そこは鍵がかかっていたわけだ。
一階へ出る二つの扉は閉ざされている。
そこでレイモンドは全く違う発想をすることになった。一階へ出るのではなく、地上に出る方法を考えたわけだ。
「地下室というのは、建物内ではなく、屋敷の敷地に、つまりは外へ出られる構造になっていることも多い。ワインセラーなどがある場合は特にそうなる。購入したワインを荷馬車からおろし、そのまま地下室へ運びやすくするために。そういった地上へつながる階段やスロープがないか探したら、見つけることができた」
ちょうどワイルド・ピグが現れた時に「バンッ」と大きな音がしたが。あれはまさに地下からレイモンドとソフィーが出てきた瞬間の音だった。屋敷内同様で扉に鍵はかかっている。だがその扉は屋外にあり、雨風にさらされているのだ。室内に比べると、鍵が錆びており、開けやすい可能性が高い。
そこでレイモンドは思いっきり扉を蹴り、鍵を破壊し、地上へ出ることに成功した。成功したが、そこでワイルド・ピグに狙われている私に気が付く。慌てて私を助けるため、ワイルド・ピグがひるむよう、石を鼻めげかけて投げつけたと言うのだ。
「鼻はイノシシの弱点でもある。大きな石で一撃で狙うのは難しい。でも小石をいくつも連続で投げれば、どれか一つは命中する。今回、鼻だけではなく、目にも直撃していたようで、逃げる時間を稼げたと思う」
そうレイモンドはサラリと話したと言うが……。
咄嗟の判断、俊敏な動き、冷静な行動。
そのどれ一つとっても実にお見事!だった。
こうして自力で地下からソフィーを連れて脱出し、さらにはワイルド・ピグに襲われそうになった私を助け、朽ちた手すりのせいで落下した私のことを受け止めたレイモンド。この世界のヒーローとして、完璧な動きを見せてくれたと思う。さらにはこんな事態も起きていたのだ。それは……。
「ソフィー・ベネット男爵令嬢? 知らないな」
レイモンドはなんと地下に落ちた際、頭は打っていないのだけど、心因的な原因なのか? 直近の記憶を失くしており、どうも王立アルデバラン学園へ入学して以降の記憶があやふやになっていたのだ……!
「嘘ですよね、王太子殿下! わ、私のこと……」
「申し訳ないな。君が誰なのかさっぱり分からない。一緒に学級委員をやっていた……らしいけれど……ごめん。まったく覚えていない」
「そんな……!」
私が身を引くようにした結果。ソフィーはレイモンドに近づき、いろいろ画策していたと思う。ぶりっこアピールをしたり、ボディタッチをしたり、甘えるようにしたり……。それらにより、レイモンドの中で、ソフィーへの好感度がどれだけ上がっていたかは分からない。だが分かっていることは一つ。いくら好感度を上げていたとしても、今回リセットされてしまったのだ。一からやり直しというわけ。
ヒロインにとってはかなりアンラッキーな事態だが、私には嬉しいことでもあった。なぜなら郊外学習の間、私はレイモンドを避けるような態度をとっていた。それはそうしようと思ったわけではなく、ついそうしてしまったことで、私の意図するところではない。無意識についしてしまったこととはいえ、私の行動は、レイモンドを傷つけていたと思うのだ。それを忘れてもらえたことは……私にとってはかなりラッキーに感じられた。
そんなこんなで、いくつものハプニングに見舞われることになったものの。そして三番目のチェックポイントへの到着時間は大幅に遅れたものの、問題はちゃんと解くことができた。さらに昼食は駆け足で食べ終え、お土産タイムはほぼなかったが、体験教室にも参加。
なんとか郊外学習を、無事に終えることができた。
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