今は真っ只中
うさぎを追いかけ、洋館へ向かった。
しかもその洋館。
メアリー子爵令嬢から見ても、入るのをためらうもの。
私だって実際に見て、入る気はしなかった。
それなのにうさぎが入ったからと、躊躇なくソフィーは洋館へ足を踏み入れた。
これは普通なことではない。
さらにここは乙女ゲームの世界。
ここで起きる普通ではないこと。
間違いない。
ゲームと関連している。
そこで私が思いついたのは、郊外学習で発生したゲームのイベントなのではないか、ということ。イベントというのは、ゲームの本筋と関係していたり、関係していなかったり、突然発生することもある。
特に季節性のイベントは、本編とは無関係で行われるもの。世界観としては存在しないはずの水着祭りのプールイベントなんて、まさにそれ。
攻略対象は普段、ヨーロッパの世界観たっぷりの衣装に身を包んでいる。そしてその参考とされている時代にプールなどなく、水着もなければ、泳ぐことを楽しむ文化などないのだ。
だがそんなの関係ない。
プレイヤーが攻略対象のメンズたちの水着姿を欲している。その姿を拝めるなら、課金してくれる――となれば、運営は嬉々として水着祭りイベントを開催してくれるのだ。
ということでそんな突如ぶち込まれる季節性のイベントがあったかと思えば。本筋にも関わるようなお楽しみイベントも発生する。それすなわち、プレイヤー=ヒロインが攻略対象の好感度を爆上げできるようなイベントだ。攻略対象と二人きりになり、距離がぐんと縮まるようなもの。
現在、ヒロインであるソフィーは、攻略対象である王太子のレイモンドと廃屋の地下で二人きりなのだ。まさに好感度爆上げイベントの真っ只中、ということなのでは!?
もしこの推測が正しいなら、レイモンドが大怪我を負っていることはまずない。外傷はほぼないことが分かっているが、実は内臓が傷ついている……ということもないだろう。
さらに言えば、レイモンドもソフィーも必ず助かる。しかも……二人の距離が縮まった状態で。
まさか地下に落ちた二人は薄暗い中、他に誰もいないのをいいことに、抱き合ったり、キスをしたり……しているのだろうか。婚約者であるリナでさえ、レイモンドとの唇のキスは一度だけだった。それなのにまさか……。
そこで大きく深呼吸をする。
私がこの世界に求めることは、まずは生存なのだ。
生きたい。
レイモンドとソフィーが今、地下で何をしていようが関係なかった。
関係ないと思っているのに。
香りが記憶を喚起させる。
もぎたてを思わせるグレープフルーツの香り。ふわりと抱き寄せられ、頬にしていると思ったキスは唇だった。温かく、程よい弾力、少ししっとりしたレイモンドの唇。
関係ない。
想像しない。思い出さないの、私!
歯を食いしばって空を見上げる。
なんの因果で悪役令嬢への転生なのか。
幸薄い彼女に同情したから?
鼻の奥につんと痛みを感じ、泣きそうになっていることに気が付く。だがそこで大きな物音がして、センチメンタルな気分は吹き飛ぶ。
「何があったのでしょうか」と私が問うと、そばにいた近衛騎士は「もしかすると、扉の鍵を壊そうとしているのかもしれません。家具をどける作業をしつつ、鉄製の地下へ続く扉を開けようとしている可能性もあります。もしくは家具をどける最中、何か崩れた可能性もあります」と推測を披露してくれる。それを聞いた私は「なるほど」と思いつつも、あることに気付く。
ゲーム内のイベントでは、しばし仕掛けがある。例えば水着祭りでは、プールサイドで楽しむ浮き輪を手に入れる際、最短ルートでゲットしようとすると、なぜかそこに現れたモンスターと戦うはめになる。遠回りルートでは、時間はかかるがモンスターもいないため、無駄にアイテムを消費することなく、浮き輪が手に入るのだ。
地下へ続く鉄製の扉は鍵がかかっており、破壊が難しい。もう一方は家具さえどければ地下に着くと思われているが……。
「もしかすると、家具をどかしても、そこに扉が現れるかもしれません。鉄製の鍵付きの扉。それなら最初から鍵を壊す方法を選んだ方が早そうです」
これを聞いた近衛騎士は驚き、どうしてそう思うのですか?と問う。
「これは勘なのですが、そもそも地下へ続く扉に鍵をつけている時点で、あまり地下へは自由に出入りできないようにしたい――という意図が感じられます。もしこれが正解なら、片方だけ鍵で厳重に管理され、もう一つでは簡単に地下へ降りて行けるわけはないと思うのです。同じように、階段を降りた先に扉があり、そこはやはり鍵がかかっているように思えます。家具などは、邪魔になったものをそこへ運んだだけと仮定してみたのですが……」
さすがに、乙女ゲームの仕掛けですよ――とは言えないので、勘に基づき仮定してみたという前提で話したが……。
「なるほど。そう言われると、その可能性は高い気がします。……隊長に報告してきてもいいでしょうか?」
報告なんてすぐ終わるだろう。ここに私が一人になっても問題はない。
「ええ、ぜひ報告してみてください」
こうして洋館のエントランスで私は一人になった。
空は晴れ、周囲の森は青々としている。
空気は澄んでおり、秋であるが、森はまだ夏の名残り。
そこでふと感じる視線。
誰かに見られている……?
そう思い、洋館の窓ガラスを見ると――。
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