ホットミルク
「お義姉様、すっかり秋になりましたね。冷えるわ!」
「あ、そうよね。窓、閉めるわ」
私の部屋に来たアンジェリーナ王女は、ラズベリー色のシルクのナイトガウン姿だった。クリーム色のショールを肩から掛けており、秋の夜の冷たさに体を震わせていた。
「窓を開けて、何をされていたのですか?」
「星を……見ていたの」
ローズピンクの厚手のショールをアンジェリーナ王女に渡し、ソファに座るように促す。メイドがホットミルクを載せたトレンチを手に、部屋へ入って来た。
クリーム色の少し厚手のナイトガウンを着た私は、アンジェリーナ王女の隣に腰を下ろす。
「星……? そうなのですね。あ、毎年九月の最後の夜空には、一際明るい星が見えると聞いたことがあります」
「そう。土星ね。惑星にリングがついている星。本で見たことがない?」
そんなことを話しながら、ホットミルクを口に運ぶ。
この国では、毎年九月の最後の夜に、一際明るく見える土星を観測できた。といってもさすがに肉眼では、あの輪は見えない。望遠鏡を使えば何とか見える。といっても前世の高性能な望遠鏡とは比べ物にならないが。
去年はレイモンドが所有している望遠鏡で土星を眺めた。そして今年もレイモンドから土星を見ようと誘われたが、私はアンジェリーナ王女との約束があるからと断っている。
私が断りの言葉を口にした時、レイモンドはどんな表情をしていたのだろう。
思い出せない……。
レイモンドとは夕方、温室で二人きりで過ごしている。学園では、私と一緒にいるより、ソフィーと一緒にいる時間がレイモンドは増えていた。そうなるように、私が身を引いた行動をしていたのもある。
それもあったので、レイモンドは「ようやくリナとゆっくり話せる」と言っていたと思う。
そう……多分、今日の彼も……いつも通り……だったと思うのだ。私を腕枕して、何か話していたはず。
でも私はレイモンドといる時、完全に心のシャッターを落ろし、無の状態になっていた。感情を排除した人形のような状態。何も考えず、レイモンドの言葉を音のように捉える。そして大概のことに「ええ」とか「そうね」と答え、やり過ごした。その中で、今晩の土星についても「ごめんなさい。アンジェリーナ王女との予定があるの」と伝えていたはずだった。
「それにしてもこのホットミルクを飲むと、本当に和みますね。だいたいこれを飲むと30分ぐらいで眠くなってしまうので、そうなる前にお義姉様に話さないと!」
アンジェリーナ王女の言葉には、強く同意だ。ほんのり蜂蜜の甘さがあり、飲んでいると気持ちも落ち着き、体も温まる。
そこで久々に気持ちがリラックスしていることに気付く。
ゲームのシナリオの強制力。王太子攻略ルートにおいて、その影響を受けることがほぼない、アンジェリーナ王女。彼女といる時は、心を無理矢理、無にすることもなかった。
「お姉義様。マークにまた、縁談話があったみたいなんです。今月だけでも二回目」
王太子攻略ルートでのマークは、完全にヒロインと絡むことがない。でも縁談話が浮上していたなんて……前世でゲームをプレイしていた時には知らない情報だった。
攻略対象ではあるが、ルートによっては脇役になってしまうマーク。脇役の時のマークの情報は……とても少なかった。知らない情報が多いのは、仕方ないと言えば、仕方がない。
「マークのお父様……宰相は、なんとしても近日中で、婚約者を見つけたいのかしら……?」
アンジェリーナ王女はミルクを口に運びながら、ため息をつく。
「それは……社交界デビューが近いからでは? 来年の春に、マークも私もレイも、留学中のキルリル皇太子殿下も、社交界デビューを迎えるでしょう? その際、婚約者を同伴できるのが一番だと考えているのでは?」
これにはアンジェリーナ王女は「あ、なるほど」と応じる。
「一般的な貴族は、社交界デビューしてから、お相手探しとなるでしょう。でも高位貴族は違うわ。早めに優秀な相手を選んで、婚約をしてしまう。婚約も既に親同士で話し合いがついていれば、三カ月程でまとまるわ。でもそうではない場合、最低でも半年はかかるでしょう。四月の社交界デビューの場となる、宮廷舞踏会から逆算すると、まさに今、婚約者を決めたいのではないかしら?」
私の言葉にアンジェリーナ王女は俯き、悲しそうな表情になる。
マークとアンジェリーナ王女は両片想い。お互いに好きなのに、気持ちを打ち明けることが、できないでいた。それはアンジェリーナ王女が王族であり、マークが伯爵家の令息だから。
もしアンジェリーナ王女が長女ではなく、次女や三女であったならば、まだ可能性はあった。だがそうではないのだ。身分の壁が二人を阻んでいた。
しかし。
私とレイモンドはこの後、婚約破棄の結末が待ち受けている。生きるためにはレイモンドとは、破局するしかない。せめて身近にいるアンジェリーナ王女とマークには、幸せになって欲しかった。
「……一つだけ、アドバイスしてもいいかしら?」
「はい、お義姉様!」
「行動する前に諦めるのは、勿体ないです。ダメかもしれませんが、1%でも可能性があるなら、動いてみませんか」
王女と伯爵家の令息。
マーク側から動くのは、いろいろな意味で厳しい。かといって女性側から動くのは、どうかと思われるかもしれない。しかしそのまま何もしなければ、マークはいずれかの令嬢と婚約するだろう。
「これはあくまで私見です。ですが今動かなかったら、一生後悔すると思います」
これを聞いたアンジェリーナ王女は、ハッとした表情で私を見た。
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