誤解
「ジョーンズ公爵令嬢に渡したい物があります」と言われ、キルリル皇太子が取り出したもの。
「これは懐中時計ですか!?」
「はい。装飾性を重視したもので、蓋の部分にターコイズとブラックオニキスを埋め込み、銀細工で装飾してあります。全体はゴールドなので、劣化しにくくなっています」
説明しながらキルリル皇太子が蓋を開くと、文字盤は黒で、インデックスはゴールド。さらにオシャレな飾り針が使われており、その中心にはターコイズが埋め込まれている。つまり蓋のデザインが踏襲されていた。
「とても素敵ですね! しかも通常の懐中時計より小ぶり」
「ええ、女性でも使いやすいよう、一回り小さいデザインです。そしてこれだけの宝石が埋め込まれていますが、実用性を重視しており、正確に時を刻んでくれます」
「これをいただけるのですか……?」
そこで銀髪をサラリと揺らし、キルリル皇太子が頷く。
「ありがとうございます。とても素敵なもので、嬉しいです。大切にしますね」
「喜んでいただけて良かったです」
美貌の顔で笑顔になったキルリル皇太子は、懐中時計を小さな箱に戻し、私に渡してくれる。もう一度「ありがとうございます」と言いながら箱を受け取ろうとして、彼の手に触れてしまう。
「あ、失礼しま」
そこでキルリル皇太子が私の手を一瞬ぎゅっと握り、「ごめんなさい」と言って慌てて離す。私はなぜ急に手を握られたのか。その意図が分からず「???」だった。
「ジョーンズ公爵令嬢の手はとても美しいので、つい……。申し訳ないです」
「あ、え、そんな……ええっと。そ、そろそろ、帰りましょうか!」
「そうですね」
心臓がドキドキしている。
なぜならキルリル皇太子の言葉、それを私は知っていた。そう。ゲームで、彼が口にしたセリフの一つだった。しかも私に対してではなく、ヒロインであるソフィーに伝える言葉。
レイモンドもヒロインに掛ける言葉を私に対して口にしているが、まさかキルリル皇太子まで……。
いろいろとイレギュラーが起きているが、遂にそれはキルリル皇太子にまで及んでいるのかしら? でも彼はソフィーと仲がいいし、てっきりそちらへ気持ちが向かっているのかと思ったけれど……。
「ジョーンズ公爵令嬢は、バザーにはどんな物を出す予定ですか?」
キルリル皇太子は気まずさを解消したかったのだろう。チャリティーバザーの話を始めた。その気持ちは理解できるので、私は少し考え、答えを口にする。
「……そうですね。わりと屋敷には使っていない銀食器やカトラリーが多かったので、そういったものやドレスの納品時に受け取った共布やリボンを出そうかと」
「共布やリボン?」
「はい。ドレスとお揃いの髪飾りを作ったり、補修のために本来使う共布やリボン。結局使わないで溜まっていく一方で……。共布やリボンは、シルクのものが多く、生地として質は高いんです。メイドや侍女に聞くと、手に入ればそれで小物を作ったりすると言っていました。生地を見ればどんなドレスか思い出せるので、『十二歳の誕生日で着たドレスの共布です。これでポーチを作ったり、髪飾りを作ってはいかがですか』とメッセージを添えようかと」
これを聞いたキルリル皇太子は「それはいいと思います」と同意を示してくれる。
「ジョーンズ公爵令嬢はいろいろアイデアをお持ちですね。いつも話していて、楽しくなります」
「ありがとうございます。そう言っていただけると光栄です」
「……ジョーンズ公爵令嬢とレイモンド王太子殿下は、生まれる前から婚約が決まっていたのですよね」
なぜ突然、レイモンドとの婚約の件を持ち出すのかしら?
「さすがにそれでは、どうにもできませんね」
銀髪がサラリと揺れ、アイスブルーの瞳に寂し気な感情が浮かぶ。何とも切なげな顔に、どうしたのかと思ったまさにその時。
「リナ!」
教室からエントランスホールに向かう廊下に、レイモンドとソフィーがいた。
今日、放課後打ち合わせをするとレイモンドは言っていたかしら……?
そう思いつつも、私を見つけ、笑顔になったレイモンドは……。いつもならすぐに私の方へと駆けて来るのに。
笑顔から一転、表情を硬くし、チラリとキルリル皇太子を見る。レイモンドを見ていた私は、つられるようにキルリル皇太子を見てしまう。キルリル皇太子はいつもの落ち着いた表情で、そこに先程垣間見せた切なげな様子はない。
だがそこで私はハッとする。
もしかするとレイモンドは、切なげな表情のキルリル皇太子を見てしまったのでは……? まさかそこで変な勘違いをしていたりする!?
とにもかくにも私達四人はエントランスホールで合流する形になった。
レイモンドの硬い表情は一瞬のことで、今は落ち着いた表情に戻っている。だが私を見て、声を掛けようとするも、すぐに止めてしまう。
そこでやはりキルリル皇太子のことで誤解しているのでは!?と思ってしまうが。
誤解……でいいのかと不安になる。
キルリル皇太子は初対面の時からソフィーと仲が良く、彼女をフォローするような言動もしていた。王太子攻略ルートにおいてキルリル皇太子はソフィーに好意を持つも、結局その想いが実ることはない。そしてキルリル皇太子は唯一、この世界でまさに正しくその役目を果たしているのかと思っていたが。
ヒロインに言うはずのセリフを、私に対して伝えたのだ。
いや、でも。
だからと言って、キルリル皇太子が私に関心を持っていると考えるのは性急過ぎる。
手が触れた時の言葉は、社交辞令。
ちょっと私にヨイショしてくれただけ。
一瞬見せた切なげな表情。
あれはヒロインであるソフィーがレイモンドと一緒にいるのを見て、切なくなってしまっただけ。私のことは関係ない。
そもそも友好国の王太子の婚約者に興味を持つなど、あり得ないこと。ゲームでもそんな展開はなかった。よってキルリル皇太子が私に何か特別な感情を持っていることはない。
ゆえにレイモンドが誤解しているとしたら、それはもう本当に誤解だ!
王宮に戻ったら、その勘違いを正さないとならない。
まさにそう思った時。
「レイモンド王太子殿下。宿題を教えてくださり、ありがとうございます。また分からないところがあったら、助けてくださいね」
勝ち誇った表情のソフィーがレイモンドの腕に触れ、クスリと微笑んだ。
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次話は14時頃公開予定です~






















































