ウサギちゃん
郊外学習のチームが発表された。
「それではここからは各チームに分かれ、チーム名・役割分担・美術館での体験をどれにするか、決めてください」
レイモンドのこの声を合図に、皆、動き出す。キルリル皇太子と私が座る席に、ソフィーとレイモンド、そして子爵令嬢のメアリーも合流。
集まった周囲の空いている席に腰を下ろし、話し合いがスタートする。
「まずはチーム名ですよね。森の中の郊外学習ですから、ウサギちゃんや子羊ちゃんはどうですか!? 可愛いですよね!」
ソフィーがいきなりそんなことを言い出し、私はヒロインらしいなぁと思う。しかし同時にウサギやヒツジは、チーム名として相応しくないこともすぐに分かってしまう。
そもそも王侯貴族が使う紋章。そこでウサギやヒツジは避けられる。狩られる存在、か弱い存在は意匠として相応しくないからだ。使用するのは修道院などごく一部。
その延長でやはりチーム名にウサギや子羊はない。
チーム『イーグル』はありだが、チーム『ウサギちゃん』では何だか心もとないとなってしまうわけだ。
それを指摘する必要があるわけだが、キルリル皇太子はそういう文化的なことは立場上、指摘しないだろう。他国の文化を尊重すると思うからだ。そしてレイモンドがこれを伝えると、その身分的に気まずくなるだろう。かと言ってメアリー子爵がそれをソフィーに言えるかと言うと……。知り合って間もないため、言いづらそうである。
別にチーム名としてどうなのかと指摘するぐらいなら、私がやんわり伝えても問題ないだろう。
そこで声を上げることにした。
「ウサギは私もペットとして飼っていたこともあります。子羊も……そうですね。子供の動物は可愛いです。ですがこの郊外学習、問題を解き、点数も競うわけですよね。ウサギちゃんや子羊ちゃんでは少し弱々しいかもしれません。紋章でもこういった動物は避けられますし」
ズバリではなく、ちゃんと優しく伝えたつもりだった。しかしソフィーは……。
「ジョーンズ公爵令嬢、大変申し訳ありませんでした。またも私が無知なために、的外れな提案をしてしまいましたわ!」
それはものすごい勢いでお詫びの言葉を口にして、頭を下げた。
お茶会の時とは一変した低姿勢に驚き、かつ体を折るようにして頭を下げるのは、止めるように伝える。
「でも、昨日に続き、私、恥を晒してしまい……。本当に教養のない男爵令嬢でごめんなさい」と、さらに頭を下げる。
「ウサギやヒツジは確かに紋章にも採用されないため、チーム名には相応しくないかもしれませんわ。でもそんなことまで知っている令嬢、少ないと思います。そもそも家紋なんて、殿方が決めること。ソフィー嬢が知らなくても仕方ないですよね」
メアリー子爵令嬢が、まるでソフィーを庇うように言うので、これまたビックリ。
私はそんな責めるような言い方はしていないのに。
「チーム名なんて一時使うものなので、あまり気負って考えなくてもいいのではないですか? チーム『アドベンチャー』でどうですか?」
この場の雰囲気を打破しようとしたキルリル皇太子の提案に、レイモンドが即答する。
「僕もチーム『アドベンチャー』で、いいと思うな。森の中をちょっと冒険し、美術館を目指す――ということで」
するとしょぼんとしていたソフィーの表情が明るくなる。
「チーム『アドベンチャー』、いいと思います! みんなで冒険ですね!」と笑顔になり、メアリー子爵令嬢も「私も賛成です」と応じる。
皆の視線が私に向かうので「勿論、良いと思います」と返事をすると、ソフィーとメアリー子爵令嬢が顔を見合わせ、安堵している。
やはり私が意地悪を言ったような雰囲気を二人が醸し出しており、何とも言えない気持ちになるが……。
「では続けて役割も決めようか。役割は五つある」
レイモンドが明るい声で告げる。
なんとかこの変なぎくしゃくした雰囲気を変えようとしてくれていることが、伝わって来た。
「五つの役割は、リーダー、当日の回答をまとめる書記、地図を見てナビゲートする係、時間を管理する者、あとはみんなの健康管理係。さて、どうしようか」
正直、私はどれでも良かった。ここは余った役割に就こうと思う。
「リーダーはぜひ王太子殿下にお願いしたいです! やはり学級委員ですし、チームを引っ張る力もありますよね。それに後日、郊外学習の成果も発表する必要があるのですから」
ソフィーはそう言うが、同じチームにキルリル皇太子もいるのだから、そこも気遣った方がいい。しかしそんな気を配った指摘を、メアリー子爵令嬢がするわけもなく。
当事者二人は何も言えないだろう。
ならば仕方ない。
「学級委員もされ、リーダーも担当では、少し大変ではないですか? キルリル皇太子殿下がリーダーでもよろしいかと」
そう私が穏便に伝えると、ソフィーがまたも「申し訳ありません!」と立ち上がり、頭を下げる。
「そんな。ふと思いついただけで」
「私が思い至らず、申し訳ないです」
ソフィーが涙ぐむ。
そんな涙ぐまなくてもと思ったところで、レイモンドが提案する。
「ここはキルリル皇太子がリーダーで、僕はナビゲートを担当しようか? 地図を読むのは得意だから」
レイモンドが笑顔でそう言うと、場が和む。涙ぐんでいたソフィーも「それがいいと思います」と微笑んでいる。
コロコロ表情が変わるソフィーには驚きしかないが、それよりも。
前世ではスマホがある。それでもスマホやカーナビがない時代は、紙の地図を頼りにするしかなかった。そんな時、女子は地図を読み解くのが苦手という声もあったが、それはこの世界でも同じ。平面的な地図は、やはり分かりにくい!
レイモンドの提案は実に素晴らしいもので反対の声は起きず、キルリル皇太子も……。
「分かりました。では私がリーダーで、ナビゲートはレイモンド王太子殿下。あとは……」
「私が健康管理係をやりましょうか」とメアリー子爵令嬢。
この世界では医者や薬師の地位は低い。外科手術なんて汚れ仕事と考えられ、貴族が外科医に就くことはまずない。
ゆえに健康管理係を彼女が申し出たのは、自分の地位と立場を鑑みた結果だろう。
残りは書記と時間を管理するタイムキーパーだが。
ソフィーは何とか言葉を喋れている。だが転移者であるため、この世界の横文字には、まだ完全に慣れていない。つまり字がとても汚いのだ。
ならばここは彼女が困らないように……。
「では書記は私が担当し、ベネット男爵令嬢は時間管理担当でいかがですか?」
そう提案すると、ソフィーは顔を真っ赤にし、こんなことを口走る。
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次話は14時頃公開予定です~






















































