ホワイトホール
馬車から降りた私達は、そのまま入学式の会場となるホワイトホールへ向かった。
このホールで行われる卒業式に付随する舞踏会の場で、私は婚約破棄と共に断罪される。だが断罪が行われる場とは思えないほど、ホワイトホールは明るく輝いていた。
というのもホワイトホールはその名の通り、床も壁も大理石で、天井には天上の世界を描いた絵画で埋め尽くされている。豪華なシャンデリアがいくつも吊るされているが、明かり取りを兼ねた窓が天上近くに幾つもあり、昼間はそこからの採光で、ホール内は十分に明るい。
一階席に生徒、二階席に父兄。
「一年A組はここだね。席は特に決まっていないけど……」
王家の紋章のついた布が、四つの椅子の背もたれに掛けられている。
間違いなくこれは、王太子であるレイモンド、キルリル皇太子、マーク、そして私のために確保された席だろう。この紋章を見て、この席に座ろうとする生徒はいないのだから。
さらに言うならこの四人席の周りの椅子にも、まだ誰も座っていない。それなりの爵位の令嬢令息が来るまで、この周囲の席に座る者はいない……と、何も知らなければ思うだろう。
だが違うのだ。
ヒロインであるソフィー・ベネット男爵令嬢は、この世界のルールに疎い。そして「あ、空いている席がある!」と、この四人がいる席の後ろに堂々着席するのだ。
そして──。
私達四人が着席し、マークが「こんな演台の目の前の席を確保しなくても」と言ったその時。
「ぎゅるるるる〜」
お腹の虫が鳴く音がした。
それは後ろの席から聞こえてくるもの。
それはゲーム通りの流れだった。
すなわち、ヒロインが登場する……!
「わぁっ、私ったら! 寝坊して朝食を抜くと、ダメね」
明るいこの声。
そう、これこそがヒロインのソフィーだ。
ここで攻略対象の男子陣は全員一斉に振り返り、ソフィーを見る。そしてここは王太子攻略ルートの世界。こんなにも堂々とお腹の虫を鳴かせるソフィーに興味を持った王太子であるレイモンドが、ソフィーに声を掛ける。
「君、朝食を摂らずにここへ来たの?」と。
そして今、実際に――。
「君、朝食を摂らずにここへ来たの?」
「リナ、僕のスピーチの時は、ちゃんと僕を見ていて」
ここで私は「ううん!?」と思わず声が出てしまう。
「どうしたんだい、リナ? そんな声を出すなんて」
レイモンドはサラサラの前髪を揺らし、優雅に微笑む。本来なら今、まさに、ソフィーとの談笑が始まるはずなのに。
驚いて様子を探ると、キルリル皇太子が後ろを向いている。ソフィーは一人でレイモンドの後ろの席に座っているから、キルリル皇太子がソフィーと話しているので間違いない。
「リナ」
「は、はいっ!」
「キルリル皇太子殿下のことが気になるの?」
「ち、違いま」
いきなりレイモンドに顎くいをされ、心臓が止まりそうになる。
「リナ。僕が緊張しないよう、スピーチの時は、僕のことを見て。僕もリナを見ながらスピーチするから」
「レ、レイは緊張しないんじゃないの!?」
思わず声が震えてしまう。
「なんだ。バレちゃったか。リナには僕だけを見て欲しくて、ね」
そこで笑い声が聞こえる。
キルリル皇太子とソフィーが談笑しているのだろう。
「リナ」
「!?」
チュッという可愛らしい音に、頰にキスをされたと気がつく。
「リナ、君は僕の婚約者なんだよ。忘れないで」
おかしい!
どうなっているの!?
頰にキスをされたドキドキの事態よりも、ゲームのシナリオとは異なる進行に私がパニックになっている。
ヒロインのソフィーはキルリル皇太子と話し、王太子であるレイモンドは私に婚約者であることをアピールしたのだ。
何が起きているのか、理解できない……!
だがそこで入学式の開始を告げるアナウンスが行われる。
隣に座るレイモンドが、膝に載せていた私の手をギュッと握った。
◇
入学式でソフィーはレイモンドではなく、キルリル皇太子と知り合うことになった。だがソフィーと私達はクラスが同じなのだ。入学式の後、教室へ移動すると……。
ゲームのシナリオでは、ソフィーがレイモンドの隣の席になる。
前世と違い、席は大学のように、講義机と椅子になっている。一人ずつのテーブルと椅子ではない。三人掛けの席で、シナリオ通りならソフィー、レイモンド、私が着席となるが……。
キルリル皇太子とソフィーが横並びで座っている。そしてレイモンド、私、マークの三人で座ることになった。
この時点でまだ、ソフィーとレイモンドは会話していない。
こんなこと、あり得る……?
とんでもないイレギュラーな事態だと思う。
そこでもしやと考えることになる。
レイモンドは本来、ヒロインであるソフィーに告げる言葉を私に伝えたり、剣術ではキルリル皇太子に勝っている。イレギュラーを彼が引き起こしたことで、この世界は通常の王太子攻略ルートから変わってきているの……!?
もしそうなら、私は婚約破棄されず、断罪もされないで済むかもしれない。
しかし。
「レイモンド王太子殿下、こちらのソフィー嬢も、一緒でいいですか?」
入学式の後、休憩なしで、一人三分の自己紹介タイムがあった。それが終わると昼休みに入る。それに合わせ、キルリル皇太子が、ソフィーを含めたみんなでランチをすることを提案した。
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もしもリアルタイム読者様がいたら……
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次話は明日の9時頃公開予定です~