イレギュラーの極み
私に気付いたレイモンドの碧い瞳がキラキラと輝き、しかも私の名を呼び、両腕を広げている。これは流れとして、勝利の喜びをハグで示したい……ということなのだろう。それを拒絶するのは……流れとしてあり得ない!
レイモンドは乙女ゲームの展開にはない勝利を収めている。それはヒロイン登場前だから許されたこと……かもしれない。
それでも。
かつて見たことがないイレギュラーを見せてくれたのだ。そのことへの感謝、さらには純粋に彼の勝利を祝う気持ちで、私はその胸に飛び込む。
激戦を繰り広げた後だった。それにも関わらず、レイモンドからは、あのもぎたてのグレープフルーツの爽やかな香りがしている。
「リナ、僕、頑張っただろう?」
「はい、大変素晴らしかったです! とてもドラマチックな勝利でした」
「今回は引き分けではなく、僕の完全勝利。そしてこの勝利、リナに捧げるよ」
レイモンドはハグを終えると、私と向き合い、喜びでその碧眼を細める。
心からの彼の笑顔は、見ていて眩しい。
何より私自身、本当に嬉しい気持ちになっていた。
そしてこの時、絞首刑のことは一瞬忘れている。
「リナ」
そこでレイモンドが私の耳元に顔を寄せる。
グレープフルーツの爽やかな香り。
耳にかかる彼の熱い息。
心臓が盛大に反応している。
「ど、どうしたの、レイ……?」
「リナは僕の勝利の女神だ。キス、して欲しいな」
「!」
既に一度、バードキスのような頬へのキスはしている。もう一度したところで、何かが変わることは……ないだろう。
「分かりました」
私が返事をすると、レイモンドが今日一番の笑顔になった。そして実にスマートに腰に腕を回すと、私を優しく抱き寄せる。
一瞬、視界の端にキルリル皇太子が見えた。
彼のアイスブルーの瞳に浮かぶ感情は……。
「リナ」と再度、レイモンドから名前を呼ばれ、その手が私の頬を包む。
「僕のことだけを見て、リナ」
私がキルリル皇太子へ視線を向けたこと。レイモンドは気付いていたのか。今の言葉にドキッとするが、彼はスッと目を閉じた。
これは勝利のキスを待っている――と分かったので、私も瞼を閉じ、顔をあげる。ちゃんとレイモンドは前傾姿勢になり、顔の位置を低くしてくれた。
少し背伸びをして、そのまま私も目を閉じ、頬へキスを――。
以前、レイモンドの頬へキスをした時。それは少しヒンヤリとして、極上の触れ心地だった。今回もそれを想定していたが……。
温かく、程よい弾力、そして――。
「!?」
私の頬を包んでいた手は後頭部へ回されていた。さりげなく、その手により、私は……レイモンドの頬ではない!
く、唇に誘導されていた。
つまり、今、私はレイモンドの頬ではなく、唇にキスをしている……!
心臓が止まりそうになり、一瞬動けなくなってしまう。
だがそこで浮かぶのは、前世でゲームをプレイしていた時に目撃することになった、悪役令嬢リナの悲し過ぎる末路!
ダメ! レイモンドとキスをしている場合ではない!
というかリナとレイモンドがキスをするシーンなんて、見たことがなかった。キルリル皇太子にレイモンドが勝利しただけでもイレギュラーだったが、このキスはそれを超える! いくらヒロイン登場前とはいえ、これはゲームの世界の抑止力が許してくれるはずがない。
そう思い、顔を離そうとするが……。
一瞬、唇が離れた時、レイモンドが甘く切ない声でささやく。
「リナ。これは僕の誓いのキスだ。永遠にリナだけを愛すると誓うよ」
それはヒロインとゴールインした時に言う言葉では!?
驚き、でも……。
今、レイモンドは嘘偽りなく、この言葉を私に向けて言ってくれていると分かっていた。未来の彼が例え私をこの世界から消す存在であったとしても。今は……今、この瞬間のレイモンドは、確かに心から私を好きでいてくれていると、実感できた。
「レイ……」
そこで再び重なるレイモンドの唇から、逃れる気持ちにはなれなかった。
こんなにも私を好きでいてくれているのに。
鼻の奥が熱くなり、目に涙が溢れるのを感じた。
涙がポロポロとこぼれ落ち、それに気づいたレイモンドは、優しく頬を指で撫で、瞼にキスをする。
「リナ。何も心配しないでいい。大丈夫だよ。僕の心はリナのもの。君のナイトになると誓っただろう?」
レイモンドの言葉が胸にしみ、涙が止まらない。
「ちょっとお兄様、何をしているんですの!? お義姉様が泣いているではないですか! 一体どうして!?」
アンジェリーナ王女の声に、目を開けようとすると、そのままレイモンドにふわりと抱きしめられる。すぐに私の泣き顔を隠そうしていると気付く。
「アンジェリーナ、リナは僕の勝利を祝い、嬉し涙を流してくれたんだよ」
「! まあ、そうでしたの!」
「それにリナは僕に、勝利のキスをしてくれたんだ。頬ではない。婚約者だからね。特別なキスだ」
そばにはアンジェリーナ王女だけではなく、きっとマークもいる! キルリル皇太子だって、いるのに! レイモンドは唇でのキスをしたことを明かしている……!
そこで気が付く。
キルリル皇太子に至っては、キスのその瞬間を目撃しているのでは!?
「お兄様、それは……もしかして……!」
「リナのキスに、僕は永遠の愛を誓った。もう誰にも邪魔をさせないよ」
まるでこの場にいるみんなに宣言するかのように、レイモンドが力強く告げる。
この時のレイモンドの言葉、それは嘘偽りがないものだった。
だが、ここは乙女ゲームの世界。そしてレイモンドがヒロインに攻略されるルートなのだ。
間もなく、夏は終わり、そして――王立アルデバラン学園への入学式の日は、確実に迫っていた。
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