負けて当然?
乙女ゲームにおいて、ハンデをつけ、利き手ではない左手で戦ったレイモンド。さすがにマスターの称号を持つとはいえ、キルリル皇太子も剣術大会で優勝経験を持つ。ゆえに……負けてしまう。
それが前世でプレイしたゲームの記憶だが、まさにそれがヒロイン不在の中で再現されようとしている。
「ハンデはなしでもいいのでは!?」と声を上げようとしたが、レイモンドが私を見た。
その澄み切った瞳に迷いなど感じられず、「ハンデがあっても問題ない」と言われている気がして、言葉を呑み込む。
「では模擬試合を開始します。両者、剣を」
レイモンドとキルリル皇太子はソードマスターのそばに移動し、そこで腰に帯びていた模擬剣……剣を鞘から抜く。
抜いた剣を二人は構え、ソードマスターの前でクロスさせる。
この至近距離からのスタートは、最初から接近戦で熱戦にさせるための演出のようなもの。お互いに距離をとり、なかなか踏み出せない……という盛り上がりを欠いた状況にしないためだ。
そこで修練場から音が消えた。
静まり返った場内で、ソードマスターの声が響く。
「その名を剣にかけ、いざ、勝負!」
二人の剣が夏の陽射しを受け、閃く。
いきなり。
キルリル皇太子はフラリと体を揺らし、そのままレイモンドの間合いに踏み込んだ。しかも間髪を入れず、そのまま左胸を狙い、剣を突き出すのかと思ったら。
「なんですの、あの動きは!?」
アンジェリーナ王女が思わず叫ぶ。
右手で持つ盾を左側へ移動させ、レイモンドは防御に入る。同時にレイモンドは剣を振り上げたが……。そのレイモンドの右脇を狙うように、キルリル皇太子が腰を低く落とした。その上で自身の右腕を捩じり、剣を突き出す。寸前で右脇への攻撃を避けたレイモンドは、盾でガードしながらも、背中がキルリル皇太子の間合いに入ってしまう。
そこでキルリル皇太子が、素早く剣を持った右腕を引く。
「ああ、殿下! 逃げてください!」
マークが悲痛な声をもらす。
だがこの声でキルリル皇太子が攻撃の手を緩めることはない。レイモンドの背中を狙うよう、剣を突き出した。
「お兄様!」「殿下!」
アンジェリーナ王女とマークが思わず叫んだ。
だがレイモンドは体を回転させ、突き出される剣を避け、その刹那。キルリル皇太子に斬り込む。その動きは、利き手ではない左手の動きとは思えない程、力強い。
レイモンドの剣は、キルリル皇太子の盾に当たり、カンッと鈍い音がする。
今回も模擬試合なので盾は木製だ。
キルリル皇太子は、レイモンドの剣を、自身の盾で受け流したと思ったら……。
通常ならとらないような姿勢をした。
重心が崩れ、まるで倒れそうになっている。
「お兄様の剣を盾で防いでいましたが、衝撃が大きかったのかしら?」
アンジェリーナ王女が呟くと、マークが応じた。
「衝撃でバランスを崩し、ふらついてしまったのかもしれません」
マークが皆が感じたことを代弁してくれたと思う。
この時。
観客である騎士や私達。
さらにはレイモンドも。
一瞬、気が抜けてしまったと思う。
するとまるでそこを狙っていたかのように、キルリル皇太子の剣が、不意打ちであり得ない方角から突き出される。
「くっ」
レイモンドはぐっと奥歯に力を入れ、その剣を叩き落とすように、自身の剣を振り下ろした。
「な、何なんですの!?」
アンジェリーナ王女が衝撃を受けているが、それは私も同じだ。一旦、今は防げたが、キルリル皇太子はすぐに次の攻撃を繰り出す。
カンッ、キン、カンッ。
レイモンドは体勢をなんとか整えるが、キルリル皇太子はまたも予想を裏切る動きをして、奇妙な角度から斬り込んでくる。
「間に合わないですわ!」「あぶない!」
アンジェリーナ王女とマークが再び叫んでいる。
だがまさにギリギリで、レイモンドは自身の剣で、キルリル皇太子の剣を受け止めた。しかしキルリル皇太子は、利き手に力を込め、斬り込んでいる。それを支えるレイモンドは、利き手ではない左手。
レイモンドが不利かと思ったが。
「押し返したわ!」
今度は私が思わず喜びの声を上げている。
ここでブレイクするように、レイモンドが距離をとった。
「キルリル皇太子殿下は、見た目以上にスタミナがあるようですね」
マークがメガネをくいっと指で押しながら、ため息をつく。
キルリル皇太子はブレイクを許さず、息を整えようとするレイモンドに、そうはさせまいとするように迫る。
「「「「!」」」」
騎士達を含めた全員が息を呑む。
キルリル皇太子が連続で攻撃を繰り出す。
だがここは正統な動き。
そこはマスターの称号を持つレイモンド。
例え左手でも。
ブレイクを許されずとも。
受け流す。
「通常の攻撃であれば、殿下は難なく避けられます。問題はキルリル皇太子殿下が、予想外な動きをした時です」
マークがそう言ったまさにその時。
キルリル皇太子が不規則な動きを始めた。
こうなるとレイモンドが振り回されることになる――!
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次話は明日の7時頃公開予定です~
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