細胞レベルで回避行動!?
乙女ゲームは、学園の入学式からスタートする。
王太子ルートの悪役令嬢は、入学した時から婚約者がいるのだ。いつ婚約したかなんて、リナのプロフィール欄にも書かれていない。そこは『王太子レイモンドの婚約者』としか紹介されていなかった。
まさか……。
「殿下といつ婚約したのか? 急にリナはそんなことが気になるなんて。殿下に会えて気になっちゃたのかな?」
父親はなんだか少し寂しそうにしているが、婚約させたのはあなたでしょう!と思ってしまう。
でもそんなツッコミをする、まもなく四歳児なんて聞いたことがない。ここは可愛らしく応じる。
「そうなんでしゅ。でんかにあって、気になっちゃいました」
「それはそうよね。殿下はもうすぐ四歳だけど、とってもハンサムだもの。まさに小さな王冠を頭に乗せたくなるわ。絵本に登場する王子様、よね」
母親はそう言うと、私を抱き寄せる。
王侯貴族のピクニック。
それはシェフも連れて行く。
焚き火だけではなく、簡易な竈まで用意されている。そこで煮炊きが始まった。
今は昼食が出来上がるのを待ち、綺麗な布を敷き、そこに両親と座り休憩中だった。
母親は近くの小川で冷やしたタオルを、タンコブに当ててくれていた。
同時に。
近くで狩りの練習をしているレイモンドにも、準備ができたら声を掛けることになっていた。
つまり一緒に昼食を食べましょうということ。
ただ、レイモンドは王太子なのだ。沢山の使用人を連れているだろし、そちらで昼食の準備も進んでいると思う。それでも我が家と一緒に昼食を摂るということは……。
本当の間もなく四歳児なら気が付かない。
しかし私はアラサーで転生した身。
分かってしまう。
偶然、王太子が狩りの練習をしている森に来たわけがない。しかも私はその王太子の婚約者。両親が王太子の予定を知らなかったなんて、嘘だろう。
幼い記憶を振り返るに。私はレイモンドの婚約者ではあるが、会った記憶がない。うんと幼い頃には会っているが、最近会ったわけではないと思うのだ。
つまりこれはレイモンドと私の自然な顔合わせを画策したのでは!? そしてそんなことをするということは──。
「殿下とリナの婚約。それはね、ママのお腹にリナがいる時に決まったのよ。『もしお互いに女の子と男の子が生まれたら、婚約させましょう』って、王妃殿下に話したの。同じ妊婦だったから、王妃殿下とはよく会っていたのよ。王妃殿下は『ぜひそうしましょう』と国王陛下に話して、すぐに婚約の話はまとまったの。もうみんなノリノリになってしまって。実は婚約の手続きはね、リナがお腹にいる時に済ませたのよ」
これには大いに衝撃を受ける。
だってお腹にいる時に婚約を済ませたって……!
確信する。
乙女ゲームで遊ぶようになり、派生して“悪役令嬢もの”のライトノベルを読むようになった。そこではゲームの世界の悪役令嬢に転生してしまった主人公が、必死に断罪回避をするため、奔走するのだ。
悪役令嬢は乙女ゲームにおいて、シナリオ上、必要な人材。ヒロインと攻略対象の気持ちと距離を縮めるために、なくてはならない舞台装置のようなもの。
それなのにその役割を放棄されては……。
ゲームの世界は困ってしまう。
きっとそうならないように。
悪役令嬢が余計なことをしないように。
この世界はリナが絶対に悪役令嬢になるよう、画策していると思った。
だって誕生前に。性別が分からない状態で婚約を結ぶなんて。
悪役令嬢の断罪回避のステップの一つに、断罪相手と婚約しない――はあるあるだった。そうはさせまいとしたゲームの世界の強制力が、悪役令嬢が細胞レベルの時に婚約を済ませてしまったのでは!?
もはや悪役令嬢が、細胞レベルで断罪回避を模索しなければならない時代になってしまったの!?
とはいえ細胞レベルで断罪回避ができるなら……なんて楽なのだろう。
男児として誕生すれば、悪役令嬢にならずに済む。
……男児に転生。
それで女性と将来は結婚するの?
前世記憶がないなら、それでもいいだろう。女性として生きた記憶があるのに、男性として生きられるかしら……。
などと見た目は間もなく四歳児で考えてしまうが、既に細胞レベルでの断罪回避は無理なのだ。もうレイモンドの婚約者になっているし、ここが王太子攻略ルートの世界であることも、確定している。
このまま十六歳の秋、王立アルデバラン学園に入学してしまえば、悪役令嬢街道をまっしぐらだ。
だがそうはさせない。
生まれる前から私を悪役令嬢に仕立てようとするこの世界には、どうしたって反逆したくなる!
そこで思いつく。
婚約をしているのなら。
破棄になればいい。
王立アルデバラン学園の卒業を記念する舞踏会が、乙女ゲームのシナリオでは、婚約破棄と断罪の場になる。しかしそこまで待つ必要はない。なんなら今すぐにでも婚約破棄してもらえないだろうか。
そう思ったまさにその時。
弛緩したうさぎの脚が目の前に見え、絶叫することになる。
「まあ、リナ、どうしたの、そんな大声を出して。急に差し出されたからビックリしちゃったのかしら?」
「パパが狩りで小鹿を仕留めたのを見た時、リナ、喜んでいただろう? 殿下はまだ三歳で野ウサギを仕留められた。これはすごいことじゃないか、リナ」
見た目は間もなく四歳児、中身はアラサーの私は、瞬時に理解する。
レイモンドは狩りの練習をしていて、この野ウサギを仕留め、私に見せてくれたのだ。
この世界では前世と違い、狩りが身近であり、仕留められた獲物を見て悲鳴を上げることはない。ここは拍手をして「でんか、しゅごいです」が正解だった。
ところが私は悲鳴を上げた。
それはとても失礼だが、母親の言う通りで「きゅうにだったので、びっくりしちゃいました。でんか、ごめんなさい」と言えば、この場は収まる。
……いや、収めるつもりはない。
「でんか、ひどいです! うさぎしゃんをころすなんて!」
そう言うと私は大声で泣き出すことにした。
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