再現されてしまう
白シャツの上に、革製の胴鎧と籠手、そして黒のスリムなズボンに脛当てをつけたレイモンドとキルリル皇太子が、剣の修練場に姿を現した。
そう。
今日行われることになった勝負。
それはこれまでなぜ行われなかったのか。
水切りやボートで競う前に、まずはこれだろうという、勝負事の定番。
すなわちレイモンドとキルリル皇太子は、剣技を競うことになった。
◇
剣の修練場は、宮殿内の敷地にあるが、そこは王立騎士団の本部、宿舎の一角でもある。
そしてこの時間、騎士達の多くは任務に就いていた。だがシフト制で動く騎士達の中には、この時間が勤務前、勤務後の者もいる。
そんな彼らは、マスター試験に合格したレイモンドの剣技を見たい、帝国の皇太子のお手並みも拝見とばかりに、修練場に集まっていた。
ボートや釣りの時とは全然違う。
こんなにギャラリーがいるなんて!
つまり修練場のベンチ席には沢山の騎士達がいる。そこに立派な椅子が用意され、アンジェリーナ王女と私が着席しているのだ。さらにもはや観客に回ったマークも騎士達に交じって着席している。
こうなると王族が観覧する剣術大会の様相を呈する。すると宮殿内の厨房は軽食を用意し、飲み物と共に販売。それは飛ぶように売れているし、なぜか前座のように従騎士が模擬試合を始め、みんな、やんややんやと盛り上がる。そしていよいよレイモンドとキルリル皇太子が登場した。
その瞬間、騎士達は総立ちになり、拍手と歓声で二人を迎える。
二人が甲冑ではなく、軽装備なのは、模擬剣を使うから。やはり王太子と皇太子という二人が、万が一でも怪我をしては困るということで、真剣は使われない。剣先も丸くなっていた。
「ねえ、お義姉様。お兄様は先日、剣術でマスター試験に合格しているのよ。試験は楽勝なのかというと……そもそも試験を受けられる資格を得たのは、六百名の候補者の中からわずか五人。その中で合格はお兄様のみ。しかも十代での合格は初なんだそうよ。そして次のマスター試験は半年後。真の実力者ではないと合格できない。ということはお兄様は相当強いと思うの」
アンジェリーナ王女の言葉には「その通りだと思うわ」と応じることになる。
前世でプレイした乙女ゲームを思い出してみても、レイモンドはその剣術の腕を披露する機会があった。そしてその腕前は圧倒的だった。マスターの次の称号であるソードアドバンスにも在学中に昇格している。通常は五年かかるところが、わずかニ年で昇格しているのだ。
それだけレイモンドの実力は……秀でているということ。
その一方でそれだけ強く、称号を持つことから、ヒロインを巡る決闘のような場では、利き手を使うことを禁じられて……。レイモンドは負けている。ただ負けることでヒロインとの絆が深まるのだから、“負けるが勝ち”だったのかもしれないけれど。
今回は決闘というわけではない。
それにここにヒロインはいないのだ。
それでも攻略対象の二人が、ヒロイン登場前に剣を交えるのはイレギュラーに思える。
イレギュラーは大歓迎だが今回の場合。
どちらが勝利するかは……正直分からない。
「噂ではキルリル皇太子殿下は狩りが好きだから、剣より弓を好むそうよ。そうなると剣については……いよいよお兄様の勝利かしら?」
「そうかもしれないわ。ただキルリル皇太子殿下も、帝国の剣術大会で優勝経験があるとのこと。侮ることはできないと思うの」
「なるほど。でもここで勝敗が決まれば、二人の勝負も終了かしら?」
このアンジェリーナ王女の問いに、私はコクリと頷く。
「もう八月も半ばで、王都郊外の宮殿に、国王陛下夫妻を含め、行くことが決まっている。さすがに二人の勝負ごっこもお終いだと思うわ」
私がまさにそう言い終えた時。
「それでは王太子殿下。皇太子殿下。模擬剣術試合を始めましょうか」
剣聖と呼ばれるソードマスターが立会人であり審判を務めることになっていた。まさかのソードマスターの登場に、騎士達は一斉に彼に向けお辞儀をする。
本物の剣術大会であれば、ここで国歌斉唱、続いて国王陛下の挨拶だった。だがこれはあくまで模擬試合。ソードマスターがこの模擬試合のルールを説明を始める。
「模擬剣による模擬試合であるため、お二人とも軽装備です。兜も着用しないので、顔や頭部への攻撃は即失格で負けとなります。急所への攻撃もまた、失格です。攻撃については胸で4ポイント、お腹や脇腹で3ポイント、背中で2ポイント。腕や脚はそれぞれ1ポイント。盾で攻撃を完全に防いだ場合は加点1ポイントです」
これが模擬試合ではない場合。顔や頭部への攻撃は3~5ポイントとかなり高得点になる。
「制限時間は五分。失格や棄権をしない限り、試合は続行とする。……王太子殿下。事前に申告されていたハンデを負われるのですか?」
ハンデ!?
「僕は既に剣術でマスターの称号を得ていますが、キルリル皇太子殿下は特に称号を得ていないと言うこと。マスターはこの国では騎士へ指導をできるレベル。ここはさすがにハンデをつける必要があると思いました」
まさか……!
「僕は利き手ではなく、左手で戦います」
前世でプレイしていた乙女ゲームの“ハピエン”でレイモンドは、キルリル皇太子とヒロインを巡り、決闘のようなものを繰り広げている。その際、ハンデで左手で戦うことになっていたのだ。
今はまさにその状況が、ヒロイン不在の中、再現されてようとしている。そうなると結末は一つ。
レイモンドはこの模擬試合、負けてしまう……!
お読みいただきありがとうございます!
今晩もう一話。
サプライズ更新します~☆彡
ただ少々遅い時間になるため
翌日が早い方。お疲れの方。
ご無理なさらず翌朝更新分とまとめて
お楽しみくださいね!