あの勝負
キルリル皇太子への勝利の頬へのキス。
それはバードキスなどではなく、しっかりキスをしてしまった。なぜなら彼から急に腰を抱き寄せられてしまったから。そして今は背中に腕を回されると思ったが──。
「リナは僕の勝利の女神だ」
私の体はふわりと優しく、キルリル皇太子ではない方向に抱き寄せられる。そして触れたのは複雑な模様が彫られた甲冑の胸当て。
「レイ!」
「さあ、リナ。僕の勝利を祝って」
そのまま背中に回された腕、そして私の手を掴むと、レイモンドが前屈みになる。
まさに丁度いい位置にレイモンドの頬が現れた。
ここまでの一連の流れが実にスマートで、私は言われるままに、その頬にそっと唇で触れる。
馬上槍試合。
甲冑を身につけているし、三つの試合は見た目より運動量がある。でもレイモンドの頰は少しヒンヤリとして触れ心地がいい。
まるで最高級のシルクの生地に、唇が触れたようだ。
「リナ。今回は仕方ない。でも次は完全勝利を約束する。だからその時は──」
レイモンドの使っているもぎたてのグレープフルーツのような石鹸の香りが鼻をかすめる。
耳元の彼のささやきは、極上の響き。甘く軽やかにレイモンドの声が耳をくすぐる。
全身の力を持っていかれ、硬い鎧にペタリともたれてしまう。
「甲冑が邪魔だね」
まるで私の体を包むように、レイモンドがそっと優しく抱きしめた。そしてそのすぐそばではこんな会話が聞こえて来る。
「えっ、でも、自分は勝者ではありませんよ!?」
「そうね。でもマークはよく頑張ったと思うの。それに勝者は二人いて、マークだけ何もないなんて! だからこれはよく頑張ったで賞よ!」
マークもまた、アンジェリーナ王女に勝利のキスをもらえたようだ。
「マークはアンジェリーナの勝利のキスで十分。本当はリナには、僕だけの女神でいて欲しかったのだけど。仕方ないな」
ここで完全勝利を得ることが出来なかったレイモンドのハートには、火がついてしまったのだろうか?
この翌日から、とんでもない事態になる。
「キルリル皇太子殿下、今日はボート遊びをしませんか? 宮殿の庭園には人工池があるので、そこでボートで一周するタイムを競いましょう」
なんて提案をレイモンドがして、キルリル皇太子は「それは面白そうですね」と応じる。
そしてこの試合は引き分け!
すると翌日。
「王都には大きな河が流れています。そこで釣りはどうですか?」とレイモンドが提案。するとキルリル皇太子は「いいですよね。釣りは父である皇帝に付き合い、よくしていましたから。競うのは数ですね? それとも釣った魚の価値ですか?」と応じ、もはや勝負が前提になっている!
そしてこの釣りの勝負もまた引き分け。
そうなると今度はキルリル皇太子がこんな提案を行う。
「先日の河で水切りをしませんか?」
「いいですね! 飛距離を競いましょう!」
レイモンドは快諾。
結果は引き分け。
そうなるとまた次の勝負の話が浮上する。
宮殿で行われる演奏会や、夜には晩餐会にもみんな参加する。だが日中は、キルリル皇太子とレイモンド、そしてもはやお付き合い参加のマーク、観客としてこの勝負を楽しむアンジェリーナ王女、困惑する私の五人で過ごすことになる。
というか、キルリル皇太子とレイモンド。二人は恐ろしい程、何でもできた。しかもその実力は拮抗している。ここまで引き分けになるのも珍しい。
どちらかが勝利したら、この勝負の日々は終了になるのかしら?
そう思っていたら、もう八月も半ば。バカンスシーズンも終わりに近づいていた夕食の席。レイモンドがおもむろに提案した。
「キルリル皇太子殿下。ボートや釣り、さらにはカードゲームやチェスと、あらゆる勝負をしました。ですがあの勝負はまだですよね」
あの勝負。
あの勝負って!?
「そういえばそうですね。本当は最初にこれで勝負でもおかしくなかったのですが、そういえばまだでした」
レイモンドとキルリル皇太子は、それが何を指しているのか分かっているようだ。
「明日はその勝負としましょうか?」
「そうですね。そうしましょう」
二人は共に瞳をキラッとさせ、笑顔になる。
一体、何の勝負をするつもりなのかしら……?
アンジェリーナ王女と目を合わせるが、その瞳は「あまりにもいろいろな勝負をやり過ぎて、何をするつもりなのか、見当もつかないわ」と物語っている。
気になるが、明日になれば分かること。
この日は特にそれが何の勝負であるか聞くことなく、終了となった。
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