ジェラート攻防戦
おかしい。
この状況はおかしいと思う。
王都で最近人気のスイーツ店。そこは夏の今の季節に相応しい、ジェラートのお店だった。一階はテイクアウトで、二階は主に貴族向けで席が用意されている。賓客用に個室もあり、私達が案内されたのは個室だ。
私達というのは、レイモンド、アンジェリーナ王女、マーク、キルリル皇太子、そして私の五人だ。
この五人で外出することになったのは……。
キルリル皇太子が私に王都のスイーツのお店を案内して欲しいと請うと、レイモンドがこの五人で出掛けることを提案したからだ。
そもそも国王陛下からも五人で仲良くバカンスシーズンを過ごすようにと言われている。このメンバーでの外出に文句などなかった。でもそこに至るまでの経緯。それは不可解でならない。だってレイモンドはなんというか、キルリル皇太子のことをとても警戒している感じだった。
キルリル皇太子はただ、食について、私と話したいだけだと思うのに。
でも五人で出掛けることが決まり、ジェラートのお店にやって来たわけだ。
このメンバーで来店すると言われた店主は大いに驚き、でもちゃんと五人が着席できるソファとローテーブルを用意してくれた。そしてソファに座る際、緊張が走ることになった。
もし公的な立場でキルリル皇太子がこの場にいるなら、彼を中心にその左右にアンジェリーナ王女、マークが座り、対面にレイモンドと私だっただろう。
だが今回、キルリル皇太子は私人としてこの場にいる。そうなるとレイモンドを中心に座席が決まる。レイモンドの左右に私とキルリル皇太子。対面にアンジェリーナ王女とマークで落ち着いたはず。
ところがキルリル皇太子は「ジョーンズ公爵令嬢と話したいのですが。彼女の食文化への深い造詣に、私は感銘を受けているんです。今回いただくジェラートについても、彼女の感想をぜひお聞かせ願いたい」と言い出し、私の隣に座りたいという主張を始めたのだ。
するとレイモンドは「隣同士ではなくても会話できます」と、キルリル皇太子の提案を却下。たがさすがにこんなバッサリ切るのはよくないと、マークと私がとりなした結果。私が真ん中に座り、右隣にレイモンド、左隣にキルリル皇太子で落ち着いたのだ。
落ち着いた……と言えるのかしら?
ジェラートは立派な銀食器に盛られ、用意された。しかも四種類のジェラートの盛り合わせ。
あらかじめ毒味を行うため、各自どのジェラートを食べたいか、味の指定をしている。それは二種類だったが、どうやらお店の人気の二種もサービスしてくれたようだ。
そしてこの世界に食べ物をシェアする文化はないはず……なのだけど。
「リナ。このレモンのジェラート、食べてみて。さっぱりしてリナが絶対に気にいると思う」
「あ、ありがとうございます、レイ」
「ジョーンズ公爵令嬢。私は珍しいコーヒー味のジェラートを頼みました。召し上がってみてください」
「キルリル皇太子殿下、ありがとうございます……」
両隣に座るレイモンドとキルリル皇太子が、わざわざ小皿を頼み、そこに取り分けた自身の選んだフレーバーのジェラートを取り分けてくれたのだ。
「お兄様、私もレモン味食べたいわ!」
「アンジェリーナ、マークもレモン味を頼んでいる。マーク」
「はっ、殿下! アンジェリーナ王女様、自分のレモン味をさしあげます!」
レイモンドは私にはシェアするが、アンジェリーナ王女はマークに任せる。
「リナ。君が気に入るかと思い、ローズ味も頼んだ。これも食べてみて」
「ジョーンズ公爵令嬢。アーモンド味のジェラートも珍しいと思います。召し上がってください」
「レイ、キルリル皇太子殿下、ありがとうございます……」
二人がシェアしてくれるので、私の食べるジェラートが増えていく。しかも。
「リナ、僕の選んだレモン味が一番美味しよね?」
「ジョーンズ公爵令嬢、珍しいコーヒー味が一番気に入りましたよね?」
「え、えっと」
私が困惑していると、アンジェリーナ王女がフォローしてくれた。
「やっぱり定番のバニラが一番美味しいわ!」
「アンジェリーナはまだ子供だから。一番甘いバニラが好きなんだろう。でもリナは僕の選んだレモン味を、一番気に入ってくれるよね」
「定番は変わらぬ安心感がありますよね。でも革新的な思考をお持ちのジョーンズ公爵令嬢なら、このコーヒー味のジェラートを、一番気に入ってくれると思います」
レイモンドとキルリル皇太子は、お互いが選んだ味を、一番と認めて欲しいようだ。
「夏に一番合うのはレモン味、新しい味ではコーヒーが一番。これでどうですか?」
マークが助け舟を出してくれた!
だが!
「マーク、却下」「聞かなかったことにします」
レイモンドもキルリル皇太子も、マークの発言に厳しい! こうなったら、この変な競い合いをチャラにしないと!
「レイ、私のストロベリー味のジェラート、食べてみませんか? キルリル皇太子殿下は、ピスタチオのジェラート、味見しませんか?」
「「ぜひ!」」
二人の王子と皇子が声を揃え、共に極上の笑顔を浮かべる事態。アンジェリーナ王女もマークも、思わずジェラートを食べる手を止め、ポカンとした顔で二人を見ている。
そうなる気持ちは分かる!
私だってなにがどうなっているのか、軽くパニックだ。でもこれでどちらが美味しいかという究極の選択から解放された!
まずはキルリル皇太子にピスタチオのジェラートを小皿に取り分け、渡すと……。
「ジョーンズ公爵令嬢、ありがとうございます」
実に洗練された笑顔で私を見る。
細められたアイスブルーの瞳。
襟足が長く、煌めく銀髪。
乙女ゲームまんまの姿に「ほうっ」と思わずため息が出てしまう。
だがすぐに我に返り、レイモンドにストロベリー味のジェラートを渡そうと小皿を手に持つと。
「リナ。僕と君は婚約しているんだよ。そんなに堅苦しくしないでいいよね?」
「と、申しますと!?」
相手が王太子であることを忘れ、問い返してしまう。
「リナ、食べさせて」
「えっ!」
「リナに食べさせて欲しいな」
えええええーっと大声を出せなかったのは、レイモンドが私のスプーンを持つ手をギュッと握ったから!
「レ、レイ……」
声が思わず震えてしまう。
「ほら、こうやって、ね?」
澄んだ瞳を輝かせ、ブロンドの髪をサラサラと揺らしたレイモンドは、私のスプーンを持つ手を握ったまま、器用にジェラートをすくい上げる。そしてパクりとジェラートを食べ、見せた笑顔は……。
世界中のジェラートやアイスメーカーがCM契約したくなるような完璧なもの!
「やっぱりリナにこうやって食べさせてもらうと、本当に美味しいな」
レイモンドが勝ち誇った表情となり、それを見ているキルリル皇太子は……口元には微笑、でも、目が、目が笑っていない!
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次話は13時頃公開予定です~






















































