何とも言えない緊張感
キルリル皇太子がアルデバラン王国にやってきた日の夕食は、晩餐会ではなかった。私人である彼を囲んでの王族との私的な夕食会……という建てつけ。そしてそこには昼食会で話した料理が並ぶことになる。
銀食器に盛り付けられたキャビア、出来立てのクレープと焼き立てのパン。色鮮やかなビーツのスープ。他にもアルデバラン王国の名物料理であるラム肉のパイやハーブたっぷりのソーセージなども登場している。ちなみにサワークリームとキャベツの発酵食品は、残念ながら完成まで数週間かかる。ということでこちらはお預けだった。
そしてこの夕食会の席は、丸テーブルに着席して行われた。
私、レイモンド、国王陛下、王妃殿下、キルリル皇太子、アンジェリーナ王女という席順。昼食の時と違い、キルリル皇太子は私の隣ではない。
キルリル皇太子は、キャビアについても、ビーツのスープについても、私と話したそうにしている。しかし自身の左右に王妃殿下と王女が座っているのだ。必然的にこの二人と会話するか、国王陛下に話題を振るか……レイモンドの質問に答えることになる。
そう。
レイモンドは私が帝国の食文化について詳しいことに触発されたのか。キルリル皇太子に彼の祖国の伝統料理についていくつも質問をしたのだ。
「キャベツ以外の発酵食品はあるのですか?」
「そのキノコの発酵食品で使うキノコは、どんな種類?」
「キュウリの発酵食品。それはどんな味ですか?」
「キャビアを得た後、その鮫はどうしているのです?」
「鮫肉の燻製……それは平民も食べますか?」
しかもかなり突っ込んだ質問も多く、キルリル皇太子とレイモンドのQ&A状態。これにはさすがの国王陛下もビックリし、「どうしたんだ、レイモンド!?」という表情で、口出しができない。
というかレイモンドもこんなに帝国の食に関心があったのね……!
そこでようやく気が付く。
帝国の料理については自分と話そうとレイモンドは言っていた。何が何だか分からずその問いに応じたが、彼は食について熱く語りたかったのだろう。
でもそれなら今、存分にキルリル皇太子と語っているから、満足できているのでは!?
そんなことを思っているうちに夕食会は終了となった。
「リナ。部屋まで送るよ」
国王陛下夫妻とアンジェリーナ王女が退出すると、いつも通りでレイモンドが声をかけてくれる。すると。
「ジョーンズ公爵令嬢!」
キルリル皇太子がアイスブルーの瞳をキラキラさせて私を見る。
「今日いただいたキャビアを載せたパンの感想をお話ししたいのですが、明日のティータイムにお時間いただくことはできますか?」
「キルリル皇太子殿下」
私が返事をするより先に、レイモンドが皇太子の名を呼んだ。
「明日のティータイムの時間。マダム・ブルネットのサロンに参加しませんかと、書簡を届けさせていたのですが、ご覧になっていませんか?」
マダム・ブルネットのサロン。
外交官でもあり、公爵のブルネットの妻が主催するこのサロンは今、王都で大人気。文学や哲学、さらには政治や芸術まで、幅広い話題を美味しい紅茶とスイーツ片手に語り合う。私も何度か参加させてもらっているが、毎回満員御礼だった。
私は立場上、参加を望めば、間違いなく席を確保してもらえる。でもこのサロンに出席したいと願う貴族は多い。そこで毎回テーマを確認し、興味があるものの時だけ、参加させてもらうようにしていた。
レイモンドも公務や王太子教育を調整し、私が参加する時は、自身も顔を出していたが。
キルリル皇太子を誘っていたのね!
そう思ったが、当の皇太子は……。
「!? そうなのですか? それは……失礼しました。……レイモンド王太子殿下のお誘いです。それに先に提案いただいているのですから、勿論そのサロンに参加します……」
どうやらその書簡を見落としていたようだ。見落としてしまったことへの反省なのか、その整った顔に自責の表情を浮かべていると思ったら。
「ではジョーンズ公爵令嬢、明日の午前中に」
「明日の午前中は僕の愛馬を紹介しつつ、乗馬を楽しむ約束をしていましたよね、キルリル皇太子殿下?」
「……そうでしたね」
レイモンドとキルリル皇太子の間に、何とも言えない緊張感が走る。
「それならば夕食前に」
「リナは夕食前、とても忙しいんです。ドレスの着替えもありますから」
「……」
キルリル皇太子は深呼吸を一つして、パーフェクトスマイルを浮かべる。
「分かりました。では正式に帝国の皇太子として依頼します。ジョーンズ公爵令嬢。王都で人気のスイーツのお店へ案内してください」
「勿論ですよ。リナは僕の婚約者なので、僕もその願いを叶えるお手伝いをしましょう。よろしければ僕の妹であるアンジェリーナや宰相の子息であるマークも同行させます。帝国の皇太子殿下の願い、全力で皆で叶えましょう」
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