ある日突然覚醒する
「リナ、走るとあぶないわ」
「そうだよ、リナ。戻っておいで」
ブロンドに青い瞳の父親と、プラチナブロンドに紫の瞳の母親。両親は共に美男美女だった。
この両親の間には、長男、次男、三男が生まれている。今回待望の女児として、ジョーンズ公爵家に誕生したのが……私、リナ・アンジェラ・ジョーンズだった。
母親譲りのプラチナブロンドに、両親の血を継ぐような紫紺色の瞳。ドールのような肌に、チェリーのように赤い唇。頬はバラ色に染まり、幼いながらもリナは、美少女に育つことを確約されていたと思う。
それはそうだろう。
リナは乙女ゲーム『ハッピーエンドを君の手に』(通称“ハピエン”)の悪役令嬢なのだから。えてして悪役令嬢は美女であると相場が決まっている。
だがこの時。間もなく四歳になる私は、前世記憶が覚醒していない。
その覚醒は――。
「あっ」
両親から「あぶない」「戻っておいで」と言われているのに。
春爛漫。
森にピクニックに来たリナは、嬉しくて楽しくて、走り回っていた。
そこで木の根につまずき、転んだ時。
幼い子供は頭と体重のバランスが悪い。
さらに歩いたり、走ったりはできるが、転倒時の咄嗟の動きはまだ鈍い。
おかげでおでこから地面に激突。
たんこぶを作り、そこで――前世記憶が覚醒するのだ。
前世ではアプリ開発会社に勤務していた。
と言っても開発業務ではなく、総務部勤務。
定時勤務であるし、平日の夜は暇を持て余し、始めたのが……。
ネット広告で見て思わずバナーをタップして、ダウンロードすることになった乙女ゲーム『ハッピーエンドを君の手に』(通称“ハピエン”)。
中世風のヨーロッパのような世界で、アルデバラン王国の王太子、宰相の息子、隣国の皇太子の三人のいずれかを攻略するゲームだった。一人クリアすれば、残りの二人も攻略できる。三人とも攻略すると、新たな攻略対象が登場するシステムになっていた。
これまで乙女ゲームなんてやったことがなかった。
でも攻略対象の三人のメンズが、まさにハイスペック男子で、ビジュアルもすこぶるいい。
お試しのつもりで始めてみてビックリ。
だってBLや百合展開があるのだから!
途中で誤った選択をすると、攻略失敗になる。だがその際、BLカップルが爆誕することがあった。さらには王太子の妹である王女と、百合ルートに突入しそうになり、慌てることになったり。
どうやら後発で登場した乙女ゲームなので、新機軸でBLや百合の要素を盛り込んだのようなのだが……。
その一方でヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢は、伝統(!?)に則り、ヒロインが誰を攻略しようが、断罪されたら死ぬルートしか用意されていない。
王太子に断罪されれば、公衆の面前での絞首刑。宰相の息子に断罪されると、娼館送りで酔客に弄ばれた後、首を絞められ殺される。隣国の皇太子の断罪では、彼の帝国の法律に則り、手足を拘束され凍った湖に沈められ、溺死。
つまりはどうやっても悪役令嬢は死ぬ。しかもすべて窒息死。
ヒロインでプレイしているのだから、悪役令嬢なんて、ただの障害物。邪魔者だった。それでも必ず空気を求めて散り行く姿は……。ちょっとかわいそうだった。そこまでしなくても、と。
その時は“ちょっと”だったが、今は違う。
自分がその“ハピエン”の世界に、転生していると気付いた。しかも私の名前はリナ・アンジェラ・ジョーンズ……悪役令嬢ではないですか!
これには驚き、額のたんこぶを気遣う両親に確認してしまう。
「リナにこんやくしゃはいましゅか?」
声を発した時は歯がゆかった。
「いましゅか」なんて。
そんな赤ちゃん言葉を話すなんて……と思ったが仕方ない。何せ間もなく四歳だが、まだ発音がたどたどしいところがあるのだから。
「リナは僕のこんやくしゃですよね?」
声にドキリとして振り返ると、そこには美少年がいる。
金髪に碧眼で、ニコリと笑うその頬には、えくぼが見える。柔らかい癖毛で、まさに西洋画に登場する天使のようだ。
思わず見惚れてしまうが、ちょっと待って!だ。
今、自分が婚約者であると名乗らなかったか!?
「これはこれは、レイモンド・ウィリアム・アルデバラン王太子殿下。殿下もこの森へ遊びに来ていたのですか?」
「間もなく春のしゅりょう大会があります。僕は出ないけど、練習のために来ていました」
そう応じるレイモンドは、間もなく四歳。
つまり私、リナと同い年のはずなのに。
腰には短剣を帯び、手には弓、矢筒も背負っていた。ちゃんと革製の胴鎧と籠手、そして脛当ても装備している。
成長したらサラサラのブランドになるが、幼い今は、癖毛のブロンドだった。
激レアなレイモンドの姿にテンションが上がる。何せ“ハピエン”をダウンロードするきっかけの最大は、レイモンドの笑顔のビジュアル……でもある。ジャケ買いしたようなものだった。
ということで小さな狩人さん、と微笑ましくなるが、そうではない!
間もなく四歳だが、既にレイモンドと婚約しているの、私!?
ということは、ここは王太子攻略ルートの世界なんだ!
ヒロインは十六歳でこの世界に突然現れる。
異世界から転移し、子供のいない男爵夫妻に保護され、そのまま養女になるのだ。
そしてこの乙女ゲーム、チュートリアルの最中に、攻略対象を決めることになる。そこで誰を選ぶかで、悪役令嬢リナの立場が変わる。隣国の皇太子を選べば、ヒロインと悪役令嬢で、皇太子のハートを射止めるため競う……というように。だが王太子であるレイモンドの婚約者ということは! 約十二年後に現れるヒロインは、レイモンドをロックオンしている。
王侯貴族が通う王立アルデバラン学園。
そこでヒロインは、ヒロインラッキーという、乙女ゲームのヒロイン有利設定により、序列がかなり低い男爵令嬢でありながら入学を許可される。そこでヒロインがレイモンドと知り合い、仲を深めていく。
レイモンドの婚約者であるリナは、冗談ではないと、ヒロインをいじめるようになるのだけど……。
お読みいただきありがとうございます!
次話は20時頃公開予定です~