イレギュラーは大歓迎
「……ところでリナ様はどうなのですか? キルリル皇太子殿下と会うのは、楽しみですか?」
不意にマークに問われた私は、素直に答えていた。
「はい。楽しみです。ノースアイスランド帝国は、王都からは遠いですよね。国境沿いにある、カラメルニャ山脈に連なる山々を越えないと、辿り着けない。交易での往来はあっても、旅行で向かう人も少ない国です。両国の人々の行き来が盛ん……というわけではないですから、帝国の人を見かけることもほぼない。見て見たいですよ。銀髪に氷河のような瞳のキルリル皇太子殿下のことは」
キルリル皇太子が乙女ゲームのヒロインの攻略対象であり、しかもかなりの美貌であることからも、実物を見たかった……という点は伏せている。当然だけど。
「確かに帝国出身者は、王国内に少ないですよね。調べたところ、総人口の三%未満しかいないそうです。アルデバラン王国には、南に位置するサウスポート国からの移民が、多く住んでいると言われています。平地でつながるサウスポート国との往来は、昔から盛んですからね」
さすがマークは宰相の息子だ。その頭の良さは、父親譲りだが、本人もかなり勉強をしている。そこでさらにマークが何か言おうとしたが、ハッとして口をつぐむ。
振り返ると、えくぼ笑顔全開のレイモンドが、ゆっくり私に手を差し出す。
「リナ。そろそろ迎賓館に移動しようか」
「そうですね」
レイモンドが差し出した手に、自分の手をゆっくり乗せる。すると彼は私をエスコートして歩き出しながら、こんなことを言う。
「キルリル皇太子と会えるのが、楽しみだな。彼について調べたところ、帝国の剣術大会で優勝経験があるらしい。リナは彼が弓が得意だと言っていたけど、剣の手合わせも一度してみたいところ。でも何よりも。彼はまだ婚約者がいない。僕にはリナという素敵な婚約者がいる。僕の大切な婚約者であるリナのことを、しっかり紹介したいと思っている」
キルリル皇太子とレイモンドが剣で手合わせ!?
ヒロインの愛を巡り、確か二人は決闘に近いようなことも、乙女ゲームの中ではしている。
その際、レイモンドはマスターの称号を持つことから、ハンデをつけられ、利き手の使用を禁じられてしまう。
つまりは左手で戦うことになるのだけど……。
さすがに左手では無理があったようで、あと一歩のところで負けてしまう。だが最後まであきらめずに戦うことで、ヒロインはレイモンドへの愛を強め、二人の距離も近づく。
キルリル皇太子はやはり当て馬だった。
本当に手合わせをするかは分からないが、もし実現したら、なんだかこれまたイレギュラーに思える。だってヒロイン登場前に、例え練習であっても、レイモンドとキルリル皇太子が手合わせをするのだから!
私としては、イレギュラーは脱・悪役令嬢に思え、嬉しくてならない。
「リナ、そんなに喜んでもらえて良かったな」
「え、何がですか?」とレイモンドに問う前に、エントランスに到着し、馬車に乗ることになる。
この馬車は、アンジェリーナ王女とマークも一緒だ。
こうして馬車を走らせ、三十分ほどで迎賓館に到着する。迎賓館のエントランスには、私の両親を含め、他の公爵家や国王陛下夫妻も集結し、その時を待つ。
「お伝えします。ノースアイスランド帝国皇太子キルリル・アレクセイ・ユスポフ殿下を乗せた馬車が、正門を通過しました。まもなくのご到着となります」
「うむ。皆、丁重に迎えるように」
国王陛下の言葉に、皆、背筋を伸ばす。
程なくして見事な青毛の馬に引かれた馬車が見えてくる。
国王陛下でさえ会ったことがないキルリル皇太子。みんなの視線が止まった馬車の扉へ向かう。
素早く従者が脚立を用意し、馬車を降りるための準備が進められた。そしてついにキルリル皇太子がその姿を見せる。
まずは脚立に伸びたスラリとした脚の長さに目が釘付けになってしまう。濃紺の脚にフィットしたズボンが、さらにスタイルの良さを際立たせる。
次にやはり煌めくような銀髪。
いわゆる七三分けの前髪だが、片側のみを後ろに流すことで、若々しく実にハンサムに見えた。さらに同い年には思えない、大人っぽさがある。それはきっと彫りの深い顔立ちだからだろう。
彫りが深い……鼻が高く、そしてアイスブルーの瞳は吸い込まれそうになった。さらに片耳につけられた皇族の紋章入りのピアスは、いいアクセントでオシャレに感じる。
「アルデバラン国王陛下、並びに出迎えに来てくださった皆様、初めまして。ノースアイスランド帝国皇太子キルリル・アレクセイ・ユスポフです」
ゲームで聞いた通りの少し高音だが落ち着きのある声! これを生で聞けることに、感動してしまう。さらに綺麗にお辞儀をするその姿に「ほうっ」とため息が出てしまった。
「遠路はるばるよくいらした。このバカンスシーズン中は私人の身。肩の力を抜き、ゆるりと寛いでくだされ」
国王陛下が笑顔で応じた。
お読みいただきありがとうございます!
サプライズ更新にピッタリのタイトル回でした♪
次話は明日の9時頃公開予定です~
読者様の応援に心から感謝です
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