翻弄される一人
王立アルデバラン学園の入学式は九月に行われる。
七月からは九月まで、在校生はバカンスシーズンに入り、前世で言うなら夏休みだ。
そしてアルデバラン王国の王族や貴族は、十五歳~十六歳までは、家庭教師をつけての自宅学習が通常。だが自宅学習では、交友関係も限られてしまう。社交性を磨くため、そして社交界デビューも行われる十五歳~十六歳で、前世の高校に当たる学校へ入学するのだ。
一方で。
アルデバラン王国の隣国であり、北部にあるノースアイスランド帝国。
この帝国は前世で言うところの中学校が存在し、中高一貫校で皇族と貴族の令嬢令息は学んでいた。そしてヒロインの攻略対象となるキルリル皇太子も、中等部で学んでいたわけだが。
見聞を若いうちから広げるという名目で、王立アルデバラン学園への留学を決める。
というのは表向きの話だろう。
間違いなくヒロインと出会うため、このゲームの世界が仕組んだ留学だ。
ヒロインは王太子ルートを進んでいる。
マークは仕方ない。王太子の幼なじみ設定で、ずっと一緒にいるのだ。だがキルリル皇太子は、留学する必要はないのではと思ってしまうが。
キルリル皇太子。
彼はこの世界では当て馬の役目となる。
悪役令嬢であるリナと同じように。
キルリル皇太子もまた、この世界のシナリオの強制力だか、見えざる抑止力に翻弄される一人として、アルデバラン王国にやってくる。
「レイモンド、リナ、アンジェリーナ。キルリル皇太子は、大使館に併設されている屋敷で留学中は滞在だ。だが彼は中等部を卒業し、一週間後、バカンスシーズンに入る。学園が始まるのは九月だが、先立ってやって来ることになった」
レイモンドの石鹸の香りでドキドキした日曜日の夕食の席で、国王陛下のこの発表を聞いてビックリ。そんな先んじてキルリル皇太子がやってくるなんて! 前世乙女ゲームの記憶でもないことだ。
とはいえ。
ゲームは学園入学後からスタートしていた。
それ以前については……。
悪役令嬢リナの人生も含め、すべて初めて知ることが多かった。ゆえにキルリル皇太子が早めにやって来るのも……ありなのだろう。
「九月までは宮殿に用意した客間での滞在になる。同い年だ。マークにも声をかけ、王女も含め、四人でキルリル皇太子をもてなしてやって欲しい。九月まではあくまで私人として滞在するから、公の行事はないゆえ。宮殿にも案内するといい」
「分かりました。父上」
レイモンドがきっちり返事をして、この話は終了。
その後は公務ではない家族の会話になる。
レイモンドが剣術でマスターの試験を合格したことを喜び、国王陛下夫妻は王家に伝わる宝剣の一つを彼にプレゼントすることを約束した。さらに今日は日曜日だったので、国王陛下は自身の競走馬が出場したレースの結果について語った。一方の王妃殿下は、舶来品で入手した東方の陶磁器が気に入ったことを話す。アンジェリーナ王女は、マークをお供にお忍びで街へ出て食べたスイーツが美味しかったと、嬉しそうに話している。
こうやって話している時は、国王陛下夫妻も私の両親と変わらない。
そんなことを思いながら、夕食が終わると。
いつものようにレイモンドが私を部屋まで送ってくれる。そして私をエスコートしながら、レイモンドはこんなことを口にした。
「キルリル皇太子か。僕達と同い年だと言うけれど、ノースアイスランド帝国の人達は、銀髪が多いと聞くよね。キルリル皇太子はどんな感じなんだろう」
この世界、飛行機なんてないわけで。
外交で互いの国を行き来することがあっても、移動距離を伴うので、子供が同伴されることはほぼない。婚姻関係を持っている国であれば、家族ぐるみで会うこともあるが、それも今ぐらいの年齢になってからのこと。幼い子供の長距離移動はまだ一般的ではなかった。
つまりキルリル皇太子のノースアイスランド帝国と、アルデバラン王国は交流はあるものの。王太子であるレイモンドが、既にキルリル皇太子と会っているかというと……。会ったことはなかった。
だが私は前世で乙女ゲームである“ハピエン”をプレイしていたわけで。
キルリル皇太子のことを知っていた。
「銀髪にアイスブルーの瞳で、年齢より大人びた感じがしているでしょう。身長はレイと変わらないと思うわ。そして雪国出身だからなのかしら。肌は新雪のように白くて、きめ細かいの。あと狩りが得意だから、剣より弓を好んで……」
そこでレイモンドがまさかのエスコートしている私の手をぎゅっと握りしめたので、驚いて立ち止まることになる。
「……リナはキルリル皇太子について、随分と詳しいんだね」
これにはハッとすることになる。
つい前世で知るキルリル皇太子のことを語ってしまったが、私だってレイモンドと同様で、この世界で彼に会ったことはないのだ。
「え、えーと。ほら、留学することが決まっているから、新聞にも載っていたでしょう。大衆紙を見たら、いろいろとキルリル皇太子について書かれていたの。それを読んだ程度よ」
「……なるほど。そうなんだ」
レイモンドは頭脳明晰。
私が転生者であるとバレるのではないか。
そんなことはあり得ないと分かっていても、なんだか思いっきり汗をかいてしまった。
お読みいただきありがとうございます!
次話は17時頃公開予定です~