彼の想い(2)
『私、レイモンド王太子殿下に運命を感じました。きっと王太子殿下は、ジョーンズ公爵令嬢と婚約破棄をして、私を選んでくれる気がします!』
黒いささやきにより、私の中で芽生えてしまった黒い願望。それは私の心を少しずつ黒く染めていく。
その結果、私はベネット男爵令嬢を何度か助けることになったが……。
郊外学習の役割分担、時間を管理する者を誰にするか決める際、ひと騒動が起きる。ジョーンズ公爵令嬢は、自身が当日の回答をまとめる書記を担当し、ベネット男爵令嬢にタイムキーパーになることを勧めた。
その流れに、役割分担に、不自然さはない。
しかしベネット男爵令嬢は、なぜか顔を真っ赤にする。その上でこんなことを言い出したのだ。
「ジョーンズ公爵令嬢、申し訳ありません。懐中時計はとても高価なもの。男爵家の我が家では、懐中時計は父親しか持っていません。母親はペンダント時計を持っていますか、それは既に時を刻まず、装飾品に過ぎません。我が家が裕福ではなく、大変申し訳ありません」
この言葉を聞いた瞬間。いや、この発言以前の、チーム名を決めるところから。ベネット男爵令嬢の茶番には……いささか辟易していた。
「まずはチーム名ですよね。森の中の郊外学習ですから、ウサギちゃんや子羊ちゃんはどうですか!? 可愛いですよね!」
幼児のままごと遊びではない。ウサギちゃん? 子羊ちゃん? そんな稚拙な発想しかできずに王太子の婚約者になりたいなんて……。
考えが甘すぎる。
「ジョーンズ公爵令嬢、大変申し訳ありませんでした。またも私が無知なために、的外れな提案をしてしまいましたわ!」
しかもジョーンズ公爵令嬢の真っ当過ぎる指摘に対し、自ら悲劇のヒロインを演じる姿には、驚きを通り越し、呆れるしかない。
何よりもベネット男爵令嬢は、自身を卑下しているが、休み時間の度に取り巻きの令嬢に『お父様が新作のドレスを十着もオーダーメイドしてくださったの』『お父様ったら私に甘くって! フラリと立ち寄った宝飾品で、いきなりダイヤモンドのイヤリングを買ってくれたのよ』と自慢話をしているのだ。それだけの物を買えて、懐中時計を買えないわけがなかった。優先度が低いから買っていない、女性が時間を気にする風習がない、だから持っていないだけ……だと思う。
ジョーンズ公爵令嬢を求める気持ちは確かにある。ベネット男爵令嬢は、私のその気持ちを嗅ぎ付け、利用しようとしているようだが……。
ベネット男爵令嬢をサポートすることが、バカバカしく思えてきた。
そこでタイムキーパーは誰が務めるか、その判断はチームリーダーに選ばれた私に委ねられる。
「書記はジョーンズ公爵令嬢に任せ、時間管理はソフィー嬢にお願いします。宜しければ、懐中時計をプレゼントしましょう」
名を呼ぶならジョーンズ公爵令嬢だった。しかし彼女の婚約者でもない私には、それが許されない。その一方でこのベネット男爵令嬢は、自身の名を私が呼ぶことで、クラスメイトからの信頼度が上がると考えていた。計算づくで名前で呼ぶように、私に依頼していたのだ。
そんなところだけは抜け目のないベネット男爵令嬢だが、それ以上ではなかった。ゆえに今の言葉で簡単に目を輝かせる。
「まあ、キルリル皇太子殿下! 宜しいのですか!? 懐中時計はとても高価なものですのに!」
あくまで私がジョーンズ公爵令嬢に懐中時計を贈るための踏み台として、利用することにしたのに、ベネット男爵令嬢は全く気づていない。
「確かに高級品ですが、それぐらい贈れるだけの国力はありますから。良かったらジョーンズ公爵令嬢。君にも懐中時計を贈りますよ。時間を気にするための道具と言うより、宝飾品として美しいものを贈ります」
こうして私はジョーンズ公爵令嬢に懐中時計を、婚約者でもないのに贈ることができるようになった。
懐中時計は高級品。ただの友人関係の男女で贈り合うようなものではない。だがベネット男爵令嬢により、いとも簡単に私はジョーンズ公爵令嬢に懐中時計をプレゼントできるようになったのだ。
消えものである花や食べ物とは違い、懐中時計は彼女の手元に残る。見る度に私を思い出してくれたら……。甘やかな気持ちが胸をくすぐる。
ジョーンズ公爵令嬢のために、母国に連絡をとり、腕利きの職人に最高の懐中時計をオーダーメイドで作らせたい。だが今は時間が優先。ジョーンズ公爵令嬢には、今手に入る最高級の一品を。ベネット男爵令嬢には、令嬢受けするデザイン重視のものを手配させよう。
ベネット男爵令嬢に利用される立場から、利用する立場へ。私は簡単に変わることができた。
こうなることが正解だったのかどうか。
その答えは分からない。
ただ懐中時計の御礼で、ジョーンズ公爵令嬢から羽根ペンとインクを贈られた時は……。
天にも昇る気持ちだった。
ジョーンズ公爵令嬢はクラスメイトで、毎日顔を合わせる。とても近くに存在しているのに。手を伸ばせば、その美しい髪に触れられるのに。
どんなに想っても手に入らない女性。
黒いささやきからは脱したものの。
ジョーンズ公爵令嬢への気持ちは……ますます深まるばかりだった。
お読みいただきありがとうございます!
キルリル皇太子についてもう少し読みたいとリクエストをしてくださった読者様の声に答え、もう一話書き下ろしてみました~当て馬のキルリル皇太子。切ないですねー
そしてお知らせが二つあります!
⇒本シリーズの第二弾が新作で登場
⇒あの作品が完結!
⇒コミカライズ決定
【新作開始】
『悪役令嬢の決断』
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└悪役令嬢にならずに済んだと思ったら、この世界は残酷な決断を私に迫る。
だから今日、私は死ぬことにした。
第一弾『悪役令嬢は死ぬことにした』に次ぐ、私は死ぬことにしたシリーズ第二弾の幕開け――!
第一話でまさかの死亡の悪役令嬢、そこからどうハッピーエンドを迎えるのか!?
ページ下部にバナー設置済。ご覧いただけますと幸いです☆彡
【併読されている読者様へ】商業化決定!
『悪役令嬢はやられる前にやることにした』
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└盤石な生存のために悪役令嬢の私が再び動く!
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【併読されている読者様へ】コミカライズ化決定
『断罪後の悪役令嬢は、冷徹な騎士団長様の溺愛に気づけない』
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2371542/blogkey/3500182/
└8/22にノベライズが発売されたばかりの本作ですが、読者様の応援のおかげでコミカライズ化が決定しました! 読者様には心から感謝でございます。ありがとうございます! なろう版ではお祝いのSSも更新しています。続報は連載作の後書きや活動報告、Xなどで行いますのでお楽しみに~






















































