そう、言ってくれたら。
「リナ! 大変だ! 殿下がいらした!」
「えええええ(先触れなしで!?)」
部屋に来た父親に、レイモンドの訪問を告げられ、ビックリしてしまう。
この世界、高位な身分の者が格下となる相手を訪問する際は、先にお知らせを入れる。これをしてもらえないと、下々の者は準備ができない! 特に当日のアポなし訪問は……余程急いでいる時だけだ。
何か急ぎの用事!?
もしや昨晩大泣きした私が子供っぽく感じられ、婚約を破棄したいと思ってくれた……とか!?
「リナ。君のような子供っぽい令嬢との婚約は無理だ。僕達まだやり直せるよね。この婚約ははきしよう」
もしレイモンドがそう言ってくれたら!
そう、言ってくれたら。
そう……言って……くれたら……。
全力で私を悪役令嬢に仕立てようとする世界に、打ち勝つことになる。ここは「ひゃっほ~い!」と喜んでいいはずだった。
それなのに。
ものすごく。
ものすご~く悲しい気持ちになっていた。
「ほら、リナ。少しだけ急ごうか。いや、パパが抱っこしよう」
そう言われ、父親が私を抱きかかえ、応接室へ向け歩き出すと。
「イヤ」
「?」
「イヤ、いきたくないでしゅ!」
「リナ!?」
ぐずる私を宥め、父親は汗をかいている。
私自身、自分のこの反応に困惑していた。
子供ではないのだから、こんな風に大人を困らせてはいけない!と思う。
そう思った直後に、自分は子供だと気付く。
なら、これでもいい?
いいわけがない!
急用があり訪ねてきた王太子に、在宅しているのに特段の理由もなく会わないなんて……あり得ないこと。
「リナ、どうしたんだい!? 眠いのかな? でもまだ普段なら起きている時間だ。殿下とご挨拶したらすぐ入浴して休んでいいから。今は頑張ろう!」
頑張るって何を!? レイモンドから婚約破棄されるのを、我慢しろと!?
つい心がこんな風に乱れるのは……。
結局。
婚約破棄を目論んでいながら、それは上手くいかなかった。幼い今、婚約破棄を目指す行動は逆効果と悟ったのだ。仕方なく、レイモンドと過ごす時間が増えても良しとしていた。
ボトルシップ作りは作業に没頭するから、レイモンドと一緒にいようがいまいがあまり関係ない……そう思っていたが。
そんなことはなかった。どっぷりレイモンドのことを好きになっていたようだ。
「殿下、お待たせいたしました!」
扉の前に立った父親がノックし、自身の来訪を告げた。ヘッドバトラーが扉を開けると、正面にソファに座るレイモンドが見える。白シャツに鮮やかなシアン色のセットアップを着ていた。いつも通りの美しい顔立ちだが、心なしかとても疲れているように見える。
疲れている……。
子供っぽいリナの相手をするのが疲れたのだろう。
レイモンドの対面のソファに座っていた母親が立ち上がり、父親と私に続き、ティーセットを載せたトレンチを手にしたメイドが入室する。
父親と私は母親の隣に腰を下ろし、メイドがローテーブルに紅茶を出し、ひと段落ついた。
私は……何だか諦めの境地だった。
願いが叶うのに。
生存確約をしてもらえるのに。
どうして気分は晴れないのかしら?
まさにしょんぼり顔で、レイモンドの顔を見ることなく、ソファに座っていた。
「先ぶれもなく、訪問してしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、殿下。夕食も終わり、入浴の準備中で手が空いている時間です。問題ございません」
レイモンドと父親の会話をぼんやり聞いていた。
「リナ、ごめんね。突然、僕が来たから驚いたよね」
「……」
「ほら、リナ。殿下が心配しているよ」
父親に促され、虚ろな目でレイモンドを見る。
珍しい。
レイモンドの目の下にクマができている。そしてやはり顔は疲れ切っていた。
「昨晩は本当に申し訳ないことをしたと思う。リナ、許してほしいです」
深々とレイモンドが頭を下げるので、父親が慌ててソファから立ち上がり、母親もそれに続く。
「殿下に非はございません。その、リナは満腹で眠いようで。反応が薄くて申し訳ないです。ほら、リナ!」
父親にそう言われ、ソファから立つよう、背中に手を添えられたが……。
「お二人とも、そのままお座りください」
レイモンドは冷静な声で告げる。
とても間もなく四歳児とは思えない。
「でも」「お渡ししたいものがあるので」
「! 分かりました」
両親が座ると、レイモンドは同行している従者に目配せする。すると従者は木箱を手にこちらへとやって来た。
「今日はこれを渡すため、急ですが、訪問させていただきました」
レイモンドは従者から受け取った木箱をローテーブルに置くと、そのまま私の方へとその箱を差し出した。
お読みいただきありがとうございます!
次話は明日の12時頃公開予定です~
ブックマーク登録してぜひお待ちくださいませ☆彡