夏の離宮(8)
キルリル皇太子が見せてくれた花火。
それは前世を思い出させるのと同時に。
特に最後の柳花火で、夏の終わりとバカンスシーズンの終了を噛み締めることになった。
夏が終わらなければいいのに。
そんな気持ちが前世の子供の頃のように高まった。その一方で部屋に戻り、休む準備をしながら思う。レイモンドは結局、勝負をどうするのだろう?と。
従者に何か指示を出していたが、本人は私達と一緒に花火を鑑賞していた。何も準備できないまま、また何もしないまま、朝を迎えることになりそうだけど……。
「お嬢様、ナイトティーの用意ができました」
「ありがとう」
既に入浴を追え、ナイトガウンには着替えていた。このナイトティーを飲んだら寝間着に着替え、後はもう寝るだけだ。
レイモンドは負けてしまうの?
そう思うと、何だか落ち着かない。
カモミールティーを飲んでいても、気持ちが休まることはなかった。
こうしてカモミールティーを二杯のみ、休もうかと思った時。扉をノックする音が聞こえる。
こんな時間に誰かしら?
もしかしてアンジェリーナ王女……?
最後の夜、おしゃべりでもしましょうと、訪ねて来たの……?
そう思ったが違う!
「王太子殿下です。もし会えるなら、部屋を暗くして欲しいとのことです」
侍女に言われた言葉に、「!?」だった。
こんな時間に部屋を訪ね、しかも部屋を暗くして欲しい……?
え、もしかして。
そんな。
夏の思い出を作りたい、とか!?
ひと夏の恋ではないのだから、そんなこと……。
いや、まさか。
あのレイモンドに限ってそれはない!
「寝室ではなく、前室で暗くした状態でお待ちいただきたいようです。勿論、我々侍女も部屋に残るようにと」
この言葉には、顔が真っ赤になりそうになる。
多分、私が勘違いしていることに気付いたんだ!
レイモンドが変な意味で、部屋を暗くして欲しいと言っているのではないと……伝えてくれたのだと思う。
これには本当に恥ずかしくなる。
「わ、分かったわ。レイに会うから、部屋の明かりを落としてもらえる?」
そこで侍女とメイドがランプの灯を消していく。
私はソファに座ったまま、その様子を見守る。
完全に部屋が真っ暗になった。
カーテンも開けていないので、本当に暗い……。
そうなると視覚以外の感覚に頼ることになる。
耳を澄ますと、扉が開く音、そして微かに靴音が聞こえる。レイモンドが部屋に入って来たと分かった。
「リナ」
「は、はいっ!」
「遅くなってごめんね。みんなの部屋を順番に訪ねていたんだ」
「それって……」
「僕からのみんなに喜んでもらうためのギフトを届けに来た」
一体、どんなプレゼントなのだろうと思ったその時。
「リナ。今年の夏は、例年以上に沢山の思い出を作れたと思う。本当に楽しかった。もう今年の夏は終わる。それは寂しいけど、来年の夏をどう過ごすか。その楽しみが出来たと思わない? 来年の夏は、今年以上に楽しい思い出を作ろう。そして今年の夏を忘れないように。これをリナに贈る」
そう言ったレイモンドが窓際に移動し、カーテンを開け、窓も開けたようだ。そして手に持っていた麻袋を広げると……。
淡く、柔らかく、優しい光の粒が宙を舞う。
「まあ」「綺麗」「わ~」
侍女とメイドの感嘆の声が聞こえる。
「耳を澄まして。沢山の虫の鳴き声が聞こえるよ」
光が舞う中、確かに耳をそばだてると「ジー、ジー」という長めの鳴き声、「チリリリリ」と優しく鳴く声、「キリリリリ」という繰り返しの鳴き声などが聞こえてくる。それは秋の到来を告げる、スズムシやキリギリスの声だった。
レイモンドは……キルリル皇太子みたいに事前準備ができたわけではない。でも従者に頼み、この淡い光を放つ虫……きっとグロウワームを集めさせたのだと思う。そしてこうやってみんなの部屋を順番に訪ね、自然の力を利用し、夏の終わりと秋の到来を感じさせてくれたんだ。
グロウワームの数はそこまで多くないが、ゆっくり部屋を飛び回り、やがて窓の外へと飛んでいく。
室内から夏を象徴したグローワームの明かりがなくなっても、秋を知らせる虫の鳴き声は聞こえ続けている。
こうなると、この虫の鳴き声を聞く度に、「そういえば、あの日……」と今年の夏を思い出すことになるだろう。つまりレイモンドはひと夏の思い出を永遠に変えてくれた気がする。その上で来年の夏も楽しもうと言ってくれるのだ。なんて頼もしいのだろう!
そこでふわりとレイモンドに抱き寄せられた。
「リナ。このままゆっくり休んで。きっと素敵な夢を見られる。僕が守るから。僕はリナだけのナイトだから、安心して」
「レイ……」
しみじみ思う。
キルリル皇太子はいつも「今」を楽しませてくれる。ゴンドラの時も、花火も。派手で華やかで印象深い。
そのキルリル皇太子に比べると、レイモンドは少し地味かもしれなかった。しかしレイモンドは「未来」を約束してくれるのだ。来年はもっと楽しい夏を過ごそう。十年後の八月、タイムカプセルを一緒に開けようと。
未来を夢見ることができない悪役令嬢である私には……レイモンドが何度となく「未来を共に」とメッセージを送ってくれることが……嬉しくてたまらなかった。
◇
翌日の朝食の席でキルリル皇太子は、勝負を辞退した。
レイモンドはキルリル皇太子にもあのグロウワームの輝きと虫の声を届けたのだけど……。
「準備する時間もほぼない状況、そして私の花火を前にして、不戦勝になるかと思っていました。でも自然を味方にし、できる最大限を出し切ったレイモンド王太子殿下に……私は敬意を払いたくなったのです」
キルリル皇太子はそう言った後、こう続けた。
「何より『良かったらまた来年も、夏の離宮で一緒に過ごしましょう』と言っていただけた時。私は皆さんに花火を見せ、『さあ、すごかったでしょう。これで今年の夏はお終いです』としか表現できませんでした。でもレイモンド王太子殿下は、次に期待を覚えさせてくれて……。そこが私とレイモンド王太子殿下の違い、なのでしょうか」
私が感じたように。
キルリル皇太子もレイモンドの言動に……未来を感じたようだ。
「うむ。ならば無理に勝負をつける必要はないだろう。両者、素晴らしかった。それで良し」
国王陛下がそう言って笑い、王妃殿下も同意を示す。アンジェリーナ王女もマークも、そして私も。さらにキルリル皇太子もレイモンドも「そうですね」と笑顔で応じ……。
最後の二人の勝負が、夏の終わりと共に幕を下ろした。
お読みいただきありがとうございます!
対戦相手であるキルリル皇太子が勝負を辞退しましたが
これはもうレイの勝利でしょう~☆彡
そしてこの番外編の後が、本編の制服エピソードにつながります。
この頃から既にレイはリナに心を砕いていて
絶対に守る、二人で幸せになろう、リナには未来がある……そう伝え続けていたのだと思うと……。
レイの一途さに胸熱ですね~
やはりバックミュージックは中島美嘉さんのあの名曲♡
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さて。
これにて予定していた番外編は終わりでございます。
とはいえ、はしょられているニューイヤーあたりのエピソードとか。
他にも書けるネタはありそうですネ。
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